2-4 8/1(iii)
ひとしきり笑い合ったあと、駄菓子屋の少女は目を細める。
「そうやって最後の日に<いつも通り>を残すんだ。時代や人間に関係なく、普遍的な存在や価値を持つような。世界がどれだけいびつでも、ここだけはそうじゃないような。ここに来る誰か一人でも、自分の<いつも通り>の中にこの場所を入れてしまえるような。ここが、永遠にそんな場所であってほしい」
彼女が言っているのは走馬燈なんかと一緒なのかもしれない。人間は、最期を迎える前、本能的に自分の懐かしさに触れたくなる生き物なのだとすれば、それを残しておきたいと願うのは良い事なのかもしれない。彼女にとっても、いつか最期を迎える人たちにとっても。
人生で何度も何度も思い出す懐かしさを最後にもう一度思い出して、そのノスタルジーを抱えたまま空の向こうに行く。ひょっとすると、懐かしさは永遠のようなものだろうか。
「じゃあ、わたしにとっては最後の日っていうのが、さっき言った夏の終わりに近いのかもしれません」駄菓子屋の少女の<いつも通り>に対して、本浄がそんな回答をする。
「夏の終わりを世界の終わりに結び付ける物語とか、流行ってるけどさ、君もそういうの好きなの?」駄菓子屋の少女が問いかける。
「そうですね。どちらかと言えば、わたしにとっては駄菓子屋も、何かの終わりに結び付いているような気がします」
「わたしもだよ。世界の終わり、夏の終わり。もっと小さなところで言えば、一日の終わりなんかも結びつく」
それはどういうことなのだろうか、僕は二人に訊いた。
「私は昔からここで店主の代理をやっていたからね。子供が帰った後の静かな感じまで味わって、やっとここでの一日が終わる気がするんだよ」
「わたし、昔から友達がいなかったんです。みんなが帰った後とか、そういう他人と会わない時間帯に一人でひっそりとお菓子を買いに行ってました。
だからたぶん、独りで見た夕暮れの寂しさとか、そういうものと結びつくんだと思います」
そんなことを二人で言い合う。彼女たちは各々の背景から今の人格を形成している。二人が世界の終わりの話で感覚を共有できた理由、それが少しだけわかった。
「そうだ、あれ食べたいです。小さなヨーグルトみたいなやつ」
本浄が懐かしい駄菓子を挙げた。
「ごめんね、あれは4月に販売が終了してしまったんだ」
普遍性って何なのでしょうか……と落ち込みながら他の駄菓子に目を向ける本浄。それを横目に見つつ、駄菓子屋の少女が僕に耳打ちする。
「少し嬉しかったよ。ほら、流石に高校生にもなると、こんな店入る人はあまりいないからね」
「それはよかった。とはいっても、僕は彼女の付き添いだけど」
「どうして彼女はこんなところに?」彼女が質問する。
「写真を撮るためらしいよ。知らない土地の、知らない風景を撮るのが好きなんだと」
「ふうん、いい趣味だ。誰にとっても価値が無さそうで素晴らしい」
「けれど趣味ってそんなものでしょ? 誰にとっても価値が無い事でも、自分だけには価値があるような」僕はそう返す。
「言えてるね。そういう意味では立派だ」
それから駄菓子屋の少女は少しだけ真面目な表情を作り、再び口を開く。
「けどさ、あの子、すごく脆くて崩れやすいと思うの。君たちがどんな関係かは知らないけど、君がちゃんと見ててあげてね」
たった数十分関わっただけなのに、そんなことを忠告してきたのはどうしてなのだろうか。
「君が友達になってあげる、というのはダメなの」
「ダメだよ」
「どうして」
「だって、私は普遍性を残したいから。どこでも誰に対しても、同じように接していきたい。時と共に移ろいゆくような間柄は、できないんだ」
「そっか」とうなずいて、僕等は駄菓子屋にさよならした。
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