2-3 8/1(ii)
心なしか楽しそうに一本道を歩いていく彼女、その少し後ろをはぐれないようについていく。
やがて向日葵が消え、本当の田舎道がやってくる。駅から遠ざかっていくにつれて、誰の手も行き届いていない乱雑な緑だけが目に映るようになっていく。同じ景色が続きすぎて、自分がどれくらい歩いたのかも忘れてしまいそうな場所だ。このまま進んでいくと引き返すのが辛そうだ。今は一本道だからいいけれど。
そんなことは意にも介さず、彼女は優れた被写体を求めて歩いていく。しばらく歩いていくと、何もない一本道の右側にぽつんと建った家のようなものが見えた。建物の前にはベンチが置かれており、その横にはアイスクリームの入った大きなケースが設置されていた。
「こんなところに駄菓子屋があったんですね」
驚きつつ、そのまま本浄が店内に入る。中はそれほど広くはなく、客は誰一人いなかった。それどころか、ここに来るまでの道にすら人がいたかどうか。一体どうやって利益を上げているのだろう。細いイカのお菓子や、なんだかよくわからない材料のカツ、キャベツでも太郎でもないスナック菓子。なんとなく小さな頃よく見たお菓子が所狭しと並んでいた。
襖の奥からはテレビの音が聞こえる。という事は中に店員がいるのだと思う。
「ごめんください」と本浄が声を出す。それに反応して、襖が開き、駄菓子屋の奥から女の子が顔をのぞかせた。
「あれ、ごめんなさい。お客さん来てたんだ。いらっしゃい」
今日の本浄が白い幽霊みたいだとするならば、駄菓子屋にいるこの子は座敷童のような子だ。決して身長が低いわけでもないしおかっぱでもないけれど、最初からそこにいたような、懐かしい匂いがするような、そんな感覚。初めて会ったに決まっているのに、まるで遊びに来た友達を相手にするような雰囲気。
「ここって今日、営業してるんですか」
僕が質問すると、駄菓子屋の少女は頬を膨らませた。
「それは誰も客が来ていないことに対する皮肉かな」
「いや、悪意があったわけじゃないんだけど。でもこの辺り、子供はおろか人もほとんどいないし。やっていけるのかなって」
僕がそう言うと、何故か彼女は笑い始めた。
「ああ、いいんだ、利益出てないから。死んだおばーちゃんの貯金を切り崩してやってるから」
「貯金、減っちゃっていくんじゃないですか」本浄が質問する。
「大丈夫、多分みんなが漠然と考えている遺産ってやつよりもはるかに多い金額だと思うよ。それこそ、一生こんな無駄遣いするぐらいじゃないと使いきれないような」
あっけらかんとした表情でそう答える。確かに、こんな田舎で駄菓子屋をやっていける理由はわかった、けど。
「いくらお金があるって言ったって、どうしてそんなマイナスにしかならないようなことを」
「マイナスなんかじゃないよ」途中で言葉を遮られた。
「好きなんだ、ここが。好きな店を続けていけるだけでプラスさ。こんな薄利多売な商売、普通に考えてもう生き残れないでしょ。だから私がやらなくちゃって。もう商売じゃなくてもいいんだよ、誰かが少しだけでも憩う場であれば、それで十分」
私、夢があるんだよね、と駄菓子屋の少女は続ける。
「こういう言い方をすると笑われちゃうかもしれないけどさ、いつか世界が滅ぶ時……たとえば核兵器が落ちたり、人工知能が人間に叛逆したりして、建物なんかが全部壊れちゃったとして。それでも、ここにきたらぽつんと立ってるような、そんな店にしたい」
「人間はきっと、最後には懐かしさを感じる場所に行きたくなりますもんね」
本浄がそう答えると、駄菓子屋の少女は驚いた顔をした。
「そう、そうだよ。君はすごくよくわかってる」
田舎の駄菓子屋とか、そういうものは懐かしい匂いがする。僕は子供の頃でさえ駄菓子屋なんてほとんど行ったことがないはずだ。それなのに、今日もどこか懐かしさを感じている。この店と、この店の彼女に。
「ふふ、いいですね。十円のスナック菓子を食べながら、わたしも世界の終わりを眺めていたいです。そして本当にわたし自身もお終いになりそうなとき、見たこともないような色をしたジュースを買って飲みつつ、『もう夏も終わるなあ』とか思いながら哀愁に浸るの。どうですか」
「ああ、いいね、それ。とびっきり体に悪そうな清涼飲料水を用意して待っているよ」
「はい、約束ですよ」
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