1-8 7/21(ii)

 そんなに高い所に行くのは無理だろうけど、少しは見晴らしのいいところに行こう。そうすればもしかしたら見えるかもしれない。そう言う彼女にただ着いていった。雨が降らなくて良かったね、と言いながら斜面を登っていく。もしかしたら山ではなく丘と呼んだほうが良いのだろうか、というほど大したことのない高さだったのだが、普段学校の授業以外で運動しない僕にとってはそれなりに大変だった。ライトで照らしてもどこか不安な足元に感覚を集中させつつ、転ばないようにゆっくり前へと進む。そうしていると開けた場所に出た。僕の脚はもうくたくただったのだけれど、前を歩く本浄は何故か軽やかな足取りだった。カメラだけでなく三脚まで持っていたというのに、その動きには何の疲れも感じさせない。体育の時の彼女は一体どこに行ってしまったのだろう。


 やがて丁度良さそうな場所を見つけ、彼女が三脚をセットする。その横に僕は座り、伸びをしてから彼女に問いかける。

「そう言えば何も訊かなかったけどさ、今からどのぐらいの時間をかけるの。写真を撮るか動画を取るかも知らないや」

「一時間ぐらいですかね。流石に動画を撮ろうとは思っていませんよ。幾つか綺麗な星空の写真が取れたらな、ってぐらいの軽い気持ちです」

「そうなんだ、でも星空って言ったら、動きを動画にしているのとかもよく見る気がする。理科の授業なんかでもあったよね」

「タイムラプスのことでしょうか。あれって動画のように見えてるけど、本当は何十秒とかの等間隔で写真を撮り続けて、それをコマ送りにしているんです」

本当はタイムラプスも凄くやりたいんですよね、と呟いた後、そのままこちらに質問を返す。

「日向野くんは好きなんですか、あれ」

 これまで意識して好きだと思ったことはないが、言われてみればなんとなく見ていて楽しい気がする。

 無粋な言い方をするならば、あれはただ空を早送りしただけだ。なのにどうして惹かれてしまうのだろう。

「そうかもしれない、小さな頃は、あの映像を見て何故だか胸が躍った」今はどうか知らないけれど。


「ゆっくりと空を見ていたり、タイムラプス動画に収めたりしてみると、星は少しずつ東から西に動いていくんですよ。それだけ見ちゃうと、なんだか地球の周りを星たちが動いてるみたいですよね。だから昔の人は、空が動いてるって勘違いしちゃったんだろうな、なんてことを考えちゃいます」

「確かに、教科書がなければ僕達も同じ勘違いをしてしまうんだろうな」

「恥ずかしい話ですが、本当のことを言うと、未だに地球が回っているなんて信じられない時もあるんですよ。いくら口で説明されても、確かめることができない以上嘘っぱちのように感じます。だって、わたしたちの見える世界では、こうやって星が少しずつ動いているんですよ?」

 そう言い切った後、それはわたしがちゃんと勉強してないからですね、と笑う。

「でも、だからなかなか地動説が受け入れられなかったんだろうね。僕たちは多分、目に映ったものしか正しいと思えないから」

コペルニクス的転回、だったか。天動説から地動説に変わり、世界の常識がひっくり返ってしまった瞬間を表した言葉は。

「だけど、わたしたちの目に見えるものが全てじゃないってことなんでしょうか。かんじんなことは、特に」

「それ、星の王子様?」

「日向野君、読んだことあるんですか?」

 意外そうな顔をする本浄。

「無いけど、それぐらいは知ってるよ」

「そっか、そうですよね、日向野君だし、それぐらいは知ってますよね」

 感心したような反応をする。

「だけど、うわべだけの言葉を知っているだけだよ。これが果たしてどういう意味なのかはわからない」

「だったら、読んでみてください。わたしもすごく好きなお話ですから」

「そうだね、それくらいは読んでみようかな」

 そう言いながら全身を広げ、身体を地面に寝そべらせる。開けた場所でこんな風にしていると、一面が星空で埋め尽くされる。暗い中に散りばめられた輝きは大きいものも小さいものもあって、そしてどれもとても綺麗だ。けれども本当は、肉眼で見えない沢山の綺麗な星々がもっと沢山あるのだろう。

 ほんとうに大切なものは、目には見えない。世間で誰もがしばしば使っているその言葉の、背景や意味を知っておきたいという気持ちはあった。読んだだけでほんとうの意味がわかるとは到底思えないけれど。

「感想を聞かせてくれるの、とても楽しみにしています」

 本浄はそう言って小さく笑う。


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