1-7 7/16, 7/21(i)
[7/16]
彼女は追試までの数日間、いつにもまして真面目に勉強に取り組んでいた。きっと僕との約束のためなのだろう。それほどまでに流星群を見たいのか、それとも単に約束を守ろうとする律義さなのか。対する僕はというと、いつも通りに勉強を教えていた。けれども心の中ではなんとなくいつもより彼女を応援していたと思う。
勉強の休憩のたび、本浄は一冊の本を読みふけっていた。ちらりと見ると、それは写真、特に星空の撮り方について書かれたものだった。彼女は流星群の撮影方法について調べていたようだ。
「やっぱり、流星群の写真を撮るの」気になって僕は訊いた。
「そうしたいです」本浄が首を縦に振る。
流星群を見に行こうと僕を誘ったのも、写真の話をしている時だった。やっぱりそれが主な目的なのだろう。
「でも、そんなうまく見つかるかな。見つかったとしても、上手く撮れるのかな」
「別にいいんです、見つからなくても大丈夫です。上手く撮れなくても大丈夫です。それでも行きたいんです、わたし」
ネガティブな僕の言葉をはっきりと否定するように言う。珍しく彼女の言葉に強い意志が感じ取れた。探すことそれ自体に価値があるということだろうか、それにしても不思議な言い回しだ。
[7/21]
そうして追試の日がやってきた。放課後、僕は本浄の結果報告を待ちながら教室で問題集を解いていた。正直手元のテキストの内容は上の空だった。それよりも彼女の試験結果のことばかり考えていた。それにしても、自分の試験よりもよほど緊張するなんて不思議だ。普段の僕は誰かと点数を競い合っているわけじゃないし、もちろん赤点など取るはずがない。しかし彼女のそれはなんというか、人生が懸かっているようにさえ思えた。たかだか期末試験の追試なのに。将来、受験生の家庭教師なんかはやりたくないなと思った。
実際に留年の可能性があるから、人生が懸かっているのか。
窓の外がほのかに黄昏色を帯び始めてきたころ、ほとんど誰も居なくなった教室の扉が開かれ、本浄が入ってくる。その顔には不安は見られない。それを確認した僕も小さく安堵の息を吐いた。
「その顔を見るに、手応えはあったの?」
「大丈夫、その場で採点されて、ちゃんとOKを貰いましたから」
彼女はいつになく上機嫌な様子でそう言い、答案をこちらに見せびらかす。確かにテストの赤点ラインは越えている。それは彼女の努力の成果なのだと思う。
それにしても、41点でよくもまあ偉そうにできたものだ。
本浄と勉強する必要のない日は久しぶりだった。彼女は嬉しそうにレンズの手入れをしていた。例のごとく僕は隣の席で自分の勉強しつつ、ときたまやってくる彼女の言葉に相づちをうつ。
「もちろんボディも大事ですが、レンズも凄く大事なんです。電化製品の質はどんどん上がっていくから、ボディそのものはどんどん良いものが生まれていくんです。けれどレンズは一生もの。10年後だって20年後だって、価値のあるものはずっと価値を持ち続けます」
聞いてもいないのに嬉しそうに語る彼女はなんだか珍しい。いつになっても色褪せない価値、それは写真そのものと少し似ているような気がした。追試が終わったことや夏休みが近づいていることも彼女の晴れやかな気分を後押ししていたのだろう。カメラについて語る彼女は饒舌で、何となくそれが心地よかった。
そうして日が完全に暮れるまで待ってから、僕と彼女は学校から少し離れた山へと向かう。バスの中の広告ではなにやら有名な詩人の著作が紹介されていた。僕らは同じタイミングでそれをじっと見ていた。
「本浄は、詩集とか読むの?」
「そうですね、特に意識して詩集を読むことはありませんが、読まないというわけではありません。作家なのか詩人なのかわからないような人も珍しくないですし。例えばオスカー・ワイルドの詩集は家にありますね」
「へえ、どんなのがあるの」と訊いてみたら「流石に思い出せませんよ、こんな急に」と彼女に笑われた。そんな取り留めもない話を時折しながら揺られていると、バスが停車駅を告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます