第4話 危機を知るとき

「ここがあんたのハウスね。」

「ハウス?」

「家ってことよ。」

「それくらいわかるわ!」

 ぷんすか音が聞こえてきそうな様子で腹をたてている。


 みずきはランドセルを自分の家に置いてきた後、隼人の家におしかけ……否、やってきた。

「家の場所、あえて雑に説明したのによく来れたな。」

「道端の植物に教えてもらいながら来た。」

 おもむろに一歩たじろいでいる。

「え……チートじゃん……」

「チート?」

 聞き返すが「なんでもない」という風に首を横にふったので、深く追求するのはやめた。



 二人は林へ向かう。林へ入り、しばらく進んだところで人の声が聞こえてきた。瑞希は声をひそめて隼人にたずねる。


「誰? 知ってる人?」

「いや、聞いたことない声だ。大人の声じゃん?」


 声のする方へ進む。二人とも忍び歩きだ。


「なんでコソコソするんだよ。」

「……」


 瑞希には聞こえていた。林中から「あいつらだ」「また来やがった」と声がする。それは瑞希達二人に向けられたものではなく、明らかに林の奥にいる大人達に対するものだった。少なくとも、植物達には歓迎されない人物なのだ。


 奥へ進み声のすぐそばまで来た二人は木に隠れて様子をうかがう。大人が数人、何か記録しながら話し込んでいた。

「やっぱ知らねえ奴らだ。こんなとこで何してんだ?」

 身をひそめながらヒソヒソ相談する。「堂々と聞きに行こう」「いや、不審者かもしれないから危ない」と揉めているうちに大人達は用が済んだのか去っていった。木の影から出る。


「聞きそこねたじゃん。」

 ブーブー文句を垂れている隼人を横目に瑞希は大人達が話し込んでいたあたりをみまわす。そして見つけた。


「アネモネ……」


 枯れているアネモネだった。


「あ、そうそうここに咲くんだよいつも。」


 瑞希は地面に這いつくばって耳を土にくっつける。突然の奇行に目を丸くして怯える隼人。

「…………何してんだよ」

「地上の部分は枯れてるけど、球根は元気なの。こうすれば声がよく聞こえる。」

 瑞希は口に手をあてて「静かに」と示す。よく聞こえると言っても土を隔てている以上、普段より声が聞こえづらいのだ。

 しばらくすると土から頭を上げ、立ち上がる。


「土ついてんぞ……で、なんだって?」


「ゴルフ場をここに建てる計画が進んでるらしい。この林はなくなる。」



 隼人は言葉を失う。二人でその場に立ち尽くしていた。くちびるを噛み締めてて黙りこくっていた隼人が口を開く。



「ここさ……虫がいっぱいいて面白いしさ」


「うん」


「木登りもできてさ」


「うん」


「秘密基地だって、つくったことあるんだ。」


「うん」


 最後に声を振り絞るように「なくなってほしくない」と小さく呟く。小声でも確実に聞こえた。


 だんだん隼人の顔が白くなってくる。文字通り真っ青だ。

「……なんか、腹痛くなってきた……」

「え」

 ショックな事実を知ったせいで具合が悪くなったようだ。


「家! 家帰るよ!」

 隼人にとって、この林はそれほどに思い入れのある場所なのだろう。

 肩を支えながら隼人家まで走った。




「あー! スッキリスッキリ!!」

 無事、家にたどり着く。外で待っていた瑞希のもとに玄関から満面の笑みの隼人が出てくる。


「数分前まで、死ぬぅ……とか言ってたくせに」

「なんだってぇ?」


 ずいぶん上機嫌だ。若干引きながら苦笑するしかない瑞希の隣に来るやいなや

「や~! すんげえ下痢だったわ!」

「……言わなくていい」

 ハイテンションの隼人には聞こえない。


「そんでさー地獄みたいな匂いだったわ!」

「だからわざわざ報告しなくてい……」

 言いかけたところで、はたと気付いた。


 あの林は環境や立地が良い。だからゴルフ場建設地として目を付けられた。





”ラフレシアぐらいしか知らねえ”





”地獄みたいな匂いだったわ!”





「隼人……でかした。」

 突然ほめられてキョトン顔だ。

「明日、図書室で作戦会議。」

 キョトン顔がみるみるうちに引き締まり「わかった」と重々しく返事をした。

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