第2話 信じてもらえない

 翌朝、瑞希はいつものようにホウセンカに水をあげていた。瑞希自身の花にも、憎たらしい隼人が育てるはずの花にも、他にも「水が欲しい」という花々にジョウロを傾ける。


「いつもありがとう、瑞希。」

 隼人の花が語りかける。

「いいんだよ。それよりごめんね。昨日言ったんだけど聞く耳もたないの、アイツ。」


 クラスのほとんどは毎日水やりをするわけではない。毎日まめに手入れしているのは瑞希くらいだ。しかし、植えてから皆一度は水をあげにきたことがある。一度もこないのは隼人だけだ。


 その時、聞きなれた声がだんだん近付いてくることに瑞希は気付いた。校舎で遮られて姿は見えないが、お喋りする声が聞こえる。


「アイツ、まじで言ってんのかなー。花の声が聞こえるぅ~とかさ。」

「絶対ウソだよ。」

「霊感ないのに”視える!”っていうやつみたいな?」

「まじでドン引きだよな~。」


 瑞希のジョウロを握る手に力が入る。水が入っていればアイツの目の前に飛び出して頭に思いきり水やりしてやるところだが、ジョウロの水は使いきってしまっていた。

 校舎の曲がり角から隼人が歩いてきてお互いを視界にとらえる。ジョウロを握りしめた状態で瑞希はニッコリと笑い「おはよう」と挨拶する。隼人とそのまわり数人の男子は”しまった”という顔をした。バツの悪そうな顔をして「行こうぜ」と呟き、そそくさと去っていった。



「何いまの。信じらんない。」

「私達に水もくれない。瑞希のことは馬鹿にする。」

 ホウセンカ達のブーイングが止まらない。

「いいよ。気にしないから。」


 植物と会話できると信じてもらえないのは瑞希にとって今に始まったことではない。もう慣れっこだった。しかしホウセンカ達の怒りはおさまらない。何かホウセンカ同士でゴニョゴニョ相談している。


「私達に任せて。」

「……何するの?」


 何か目論んでいるようだったが、予鈴の音が聞こえてきた。話し込んでいると授業に遅れて先生に大目玉を食らってしまう。瑞希は「また後で」と言って教室に走っていった。



 一時間目は国語、二時間目は体育だった。体育を終えて皆が教室に戻る。三時間目の授業のためにそれぞれ引き出しから教科書やノートを取り出して準備をする。


 隼人も準備をしようと引き出しを開ける。が、中に入っていたのは教科書でもノートでもなかった。

 机から大量の、引き出しに入るとは思えないほどの花弁が勢いよく流れ出てきた。まさに滝のようだった。花弁一枚だけなら音もしないが、これほどの量になると床に落ちる音が教室中に響く。

 教室の皆の視線が一気に集中する。隼人も皆も瑞希も言葉を失い、あ然としていた。手が止まり皆固まっていた。

 隼人の隣の席の子が足元に落ちた花をおそるおそる拾う。そして呟いた。


「これ……ホウセンカ?」


 直後、教室に突風が吹いた。窓は開いていない。体育で教室を出たとき全部閉めたはずだった。

 「何!?」「うわあ!」教室のそこかしこで悲鳴があがるが風にかき消される。台風並みの風にそれぞれ机にしがみついたり、床にしゃがみ込んで耐えるしかなかった。

 風の勢いで花弁が空中を舞う。言葉通り、花が踊っているようだった。

 あまりの量の花が舞っているため、視界も遮られてよく見えない。

 瑞希はとっさに近くの大きい窓の鍵を手探りで開ける。強い風圧の中、窓をなんとかこじ開けた。


 窓が開いた途端、風は外へ向かって勢いよく流れ出した。教室中を舞っていた花弁も全て、外へと飛び出していく。窓に向かって風が吹き、数秒でパタリと止んだ。呆然とするなか、皆顔を見合わせる。あれだけの突風が吹いたにもかかわらず、机や椅子はひとつも倒れていない。位置さえも変わっていなかった。それどころか、机の上に出した教科書やノートもびくともしていない。


 そして、肝心の”花弁”も皆で教室中探したが一枚も残っていなかった。棚の後ろや教室のすみっこを皆で探している最中に瑞希は確かに聞いた。


「……ホウセンカが……跳んでた……縄跳びしてた…………俺の机の上で…………」


 隼人は確かにそう呟いた。二時間目は体育だった。運動場で縄跳びの練習。運動場からはホウセンカがよく見えた。逆を言えば、ホウセンカから縄跳びをしている私達の様子もよく見えた、ということ。



三時間目のチャイムが鳴って、入ってきた先生が教室のそわそわした雰囲気を察知する。

「どうした?」

 皆、なんと説明するべきか言葉がまとまらずモゴモゴする。

 誰も説明しないため、否、できなかったため、先生は「ほら授業始めるよー」と黒板に向かった。

 三時間目の社会の授業は全員気もそぞろで集中できた者はいなかった。



 放課後、瑞希はホウセンカのもとへ行ってみた。ホウセンカは朝見たときと変わらぬ姿だった。すぐ近くにしゃがんで聞く。


「……なんかしたね?」

 ホウセンカは風にゆらゆら揺られながら満足そうに笑う。

「ンフフッ」

「ンフフじゃないのよ。」


 瑞希のクラスは三時間目の授業で先生に散々叱られた。先生の話も教科書の内容もさっぱり頭に入ってこず、集中していないと思われたからだ。


「いい気味よね~」

「ね~」

 ホウセンカ達は楽しそうだ。



「本当だって! 俺の机の上でホウセンカが縄跳びしてるみたいに……!」

「それはないって」

「誰かのイタズラで机に花弁ぎっしり詰められてー」

「窓を閉め忘れて風で飛んでっただけだって」

「だから本当なんだって!」

「隼人まで瑞希みたいになっちまったよ。」


 数人の男子が笑いながら走っていく。その場に取り残された人物がひとり。隼人だった。隼人は唇をかみしめてうつむいている。


 その様子の一部始終を瑞希は見てしまった。ホウセンカのそばにしゃがんだまま見つめていると、視線に気付いたのか、隼人がこちらを振り返った。

 隼人は瑞希と目があった後、そのまま視線は地面を向き、手を握りしめて歩き出した。手も、噛み締めた唇も、力が入りすぎて赤くなっていた。瑞希の見間違いかもしれないが、目はいつもより潤んで光を反射していた。

 隼人は校舎に遮られて見えなくなる。ホウセンカ達もその様子をじっと見ていた。


「……やりすぎちゃったかしらね?」

「……そのとおり。」


 ホウセンカと瑞希は顔を見合わせる。


「でもこれで、瑞希の気持ちもわかったでしょう。」

「そうだね。……痛いほどに。」

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