第5話 アニメ化するなら私はピンク髪がいい⑤~お風呂と妹~

「もしもアニメ化するんなら、私はピンク髪がいい」



 やけに反響するレゴのねるような声を聞きながら、ホリーは湯船ゆぶねにゆっくりとかり、はぁ、とふぬけた吐息をらしていた。



「そうかぁ。ピンク髪でいいんでないの」

 


 ホリーは、何かもうどうでもいい気分であった。風呂はいい。リリンの生み出した文化のきわみだと思う。リリンって何かわからないけれど、などと、とりとめのないことを脳内でハンドリングしつつ、レゴの言葉を聞き流していた。



「あれ? ホリー、お風呂入っている?」


「入っているよー」


「うおぉ! サービス回じゃん! ビデオ通話しよ!」


「するわけないじゃん」


「何を恥ずかしがってんの! 女同士なんだからいいでしょ! 見せてよ! ホリーの入浴シーン!」


「いや、女同士でも普通に嫌だし」


「何でだよー。入浴シーンを見せないなんて鬼畜きちく所業しょぎょうだよ。入浴シーンはジャパニメーションの伝統じゃんよ。し〇かちゃんに謝れよ」


「いや、おまえがフ〇オ先生に謝れ」


「わかった。不自然にタオル巻いていてもいいから見せて。もしくは、少し不思議な光線とか湯気で大事なところ隠れててもいいから!」


「何もわかってないから、とりあえず黙ろうか」


円盤えんばん買ったら、湯気消えてますかぁ?」


ごうが深いなぁ」


「まぁ、スタイル的に、ホリーが脱いだくらいでは円盤の売り上げはそう変わんないかな」


「ぶっとばすぞ」


「へへーん。ぶっとばされるのは、ホリーのスマホですー。残念でしたー」


「明日、グーパンな」


「嫌だよ。ホリー、手加減しないじゃん」


「兄貴も泣かしたことあるからな」


「女の子として、何の自慢にもならないからね」


「女の子は女の子であるだけで至宝しほうなんだよ。たとえグーパンで地球を割れても」


「んちゃ!」


「黙って鳥〇先生に頭を下げろ。あとおまえの頭がかち割れろ」


「いや、そっちが振ってきたんじゃん。さすがに理不尽りふじんじゃない?」


「細かいこと気にすんな。あたしは今、気分がいいから寛大かんだいなんだ」


「うん、あんたの寛大さは関係ないから。今、私の寛大さが試されているから」


「ちっちぇえな」


「寛大だよ! 少なくともホリーよりも怒る回数少ないじゃん!」


「あたしが怒るのは基本的におまえが原因だとか、おまえみたいなアホがいるから戦争が起きるんだとか、いろいろ言い返したいことはあるが、今のあたしは神にひとしい心の広さを持っているから言わない」


「言っているけどね。言い切っているけどね」


「風呂は偉大いだいなりー」


「はいはい、偉大偉大。偉大なホリーちゃんの入浴シーンを見せてくれー」


「嫌じゃぼけー」


「じゃ、一緒にお風呂入ろ。待ってて。私も今からお風呂入るから」


「それに何の意味が?」


「同じ時間に同じことをやっているという連帯感が重要なの。ずばり、愛なのじゃよ、愛」


「わからんねー」


「ダッシュダッシュダッシュ! あ、ちょ、何でてめぇが入ってんだ、エル! 退け! 私が風呂に入んだよ! あ? やんのか、こら! きゃ! やめ、やめて! 冷水かけないで! 出てくから! こんの! 後で覚えてろよ!」


「……」


「はぁはぁはぁ。ちょっと、ハプニングがあって、はぁ、今はお風呂、入れなかったわ」


「うん。聞こえてたから。おまえのバカ騒ぎの一部始終」


「あ、ちょっと待ってて。ママ! エルが脱衣所べたべたにした! 怒って!」


「おまえ、本当に清々しいくらいサイテーの姉だな」


「ふふ、めても何も出ないぜ」


「褒めてねーよ」


「というわけだから、エルがあがるまで待ってて」


「いいよー。あたし、わりと長風呂だから」


「おー! 珍しく寛大じゃん!」


「珍しくは余計だけどな。というか、そろそろアニメ化したらピンク髪がいい件について話せよ」


「お! 聞いちゃう?」


「いや、別に聞きたくないんだけど、そろそろあのフレーズから始まる導入が鬱陶うっとうしくなってきたからさ。寛大な今しか聞けない気がするわ」


釈然しゃくぜんとしないけど、そんなに聞きたいなら話してあげるわ!」


「おっけ、おっけ。今のあたしは突っ込まずに流せる」


「それはそれで張り合いがなくて微妙なんだけど。まぁ、いいわ。アニメ化したら、ピンク髪がいいっていうのはさ、つまりね」


「ちょっと待て。何か後ろでエルが叫んでないか?」


「あー、ちょっと待ってて。てめぇ! エル! 勝手に部屋入ってくるんじゃねぇ! やんのか? あ? 上等だよ。スマ〇ラでもマ〇カーでも勝負してやんよ! 勝てますー。ク〇パ使えば余裕ですー。は? ピ〇チはなしって約束でしょ! あと身体拭けよ! べたべたじゃねぇか! 風邪ひいたらどうすんだ! 大会近いんだろうが!」



 それから、しばらく、ぎゃあぎゃあと言い合っていたので、ホリーは、そっと通話を切って、ふー、と息を吐きつつ、肩まで浸かり直した。



「あの姉妹、仲良いよな」

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