12月9日【きょうだいたち】


 灯り捕りの女の子が加わって、少しだけにぎやかになった一行は、ずんずん山頂を目指します。途中、灯り捕りは異国の歌を歌ったり、実浦くんたちが見たこともない灯りの話をしたりして、みんなを楽しませました。

 とりわけ喜んだのは火灯し妖精で、灯り捕りの帽子の上でころころ寝転がって、遠い惑星の話をせがんだり、灯り捕りと一緒になって声高く歌ったりしました。

「ああ、楽しいわ。あなたがずっと私のそばにいれば良いのに」

 火灯し妖精がそう言いますと、灯り捕りは困ったように笑います。それは柔らかな拒絶でした。ですが、火灯し妖精だって、彼女があらゆる場所へ向かいたいことを充分承知していましたので、拒絶されたことを意にも介しませんでした。

「でも、やっぱり私、あなたが近くにいれば良いと思うわ。そう、なんというんだったっけ。生まれたときからそばにいる、特別な存在のことをなんというんだった?」

『家族、でしょ』

 カンテラだったライチョウが答えます。「そうそう」と、火灯し妖精がうなずきます。

「あなたが家族だったら良かったわ」

「では、あの山頂に到着するまで、あなたのお姉さんになりましょうか」

「おねえさんって?」

「あなたより年上の、祖母や母親やおばではない女性のことです」

「良いわね。素敵だわ」

 そうしてここに、即席のきょうだいが誕生しました。火灯し妖精はこれまでになく喜んで、薪をくべすぎた暖炉のように、しきりに火の粉を飛ばします。その火の粉に触れたものは、ほんの一瞬ですがみな火灯し妖精と同じようにまばゆく輝きますので、そのときばかりは辺りが昼間のように明るくなりました。


 実浦くんは目を細めて、明るい火の粉の舞い踊るさまを見つめます。そうしていると実浦くんの瞳の奥に、青だか緑だか分からない色の光が焼き付くのです。火灯し妖精は、小さな手のひらで触らなくとも、実浦くんに光を分け与えてくれるのでした。

 火灯し妖精たちを前方に見つめながら、実浦くんはいつもより余計にまばたきをして、光が遊ぶのを楽しみます。そうしていますと、両目のほかの感覚が溶けてなくなってしまって、実浦くんはただ光を目で追いかけるだけの生き物になったような気持ちがしました。


 その、きらきらした視界のなかに、実浦くんはふと煤けた塊を見つけました。それらは寄り集まった虫たちのようにうごめいています。実浦くんは、思わずぶるぶるっと頭を強く振りました。そうしますと、光の中を泳ぐような感覚はかき消えて、実浦くんはもとの五感を取り戻します。そしてしっかりとした両の目をこらしますと、煤けた暗い塊は視界の端っこから、こちらへ向けて移動しているようでした。

「なにか来るよ」

 実浦くんが注意を促しますと、みな一斉に実浦くんの指差す方向を見ました。そして全員が、その煤けた塊を見ました。

「あら、石炭が歩いてくるわ」と言ったのは火灯し妖精。

「光喰い虫かも知れません。鞄の中に入り込まれると困ります」と言ったのは灯り捕り。

『いや、あれは子供のようだよ』

 一番よく目をこらしたライチョウだけが、煤けたものの正体を言い当てました。


 確かにそれは、子供たちだったのです。すずらんの小道で出会った少年たちよりもずっと幼い子供たちが、険しい山道を一生懸命進んでくるのでした。男の子も女の子も混じっているようでしたが、みな例外なく全身煤にまみれています。

「ああ、ご覧よう。ぼくたち、間違えてしまった」

 先頭を歩いていた男の子が、素っ頓狂な声で叫びました。

「あんなに光っているんだから、きっときょうだいだと思ったのになあ」

 それを聞きますと、あとから追いかけてきたほかの子供たちも、それぞれ「ああ」とか「なんだあ」とか落胆を口にします。

「こんにちは、誰か探しているんですか」

 実浦くんが言いますと、男の子は自分の態度を恥じたように、煤けた頬をぽっと赤らめました。そして「ぼく、失礼なこと言ってごめんなさい」と頭を下げました。



 話を聞いて、実浦くんはびっくりしました。彼らはみな、十人も二十人もいる子供たち全員が、きょうだいだというのです。

「ぼくたちそれぞれ、大切なお役目をいただいたきょうだいなんです。お役目を終えたものたちから、順番に夜の国へ辿り着いて、それからみんなを集めるのにずいぶんかかりました。今は、最後のひとりを探しているんです」

 男の子の説明を引き継いで、どうやら年長のひとりらしい女の子が「そうなんです」と言いました。

「最後のきょうだいは、星より明るく光っているはずなんです。それで私たち、綺麗な光が見えたから、てっきり……」

 なるほど、彼らは火灯し妖精が散らした火の粉の光を、自分たちのきょうだいの放つ光だと勘違いしたようでした。

 幼子たちは、すっかり黙ってしまいました。誰かがしくしく泣き出すと、泣き声はさざなみのように広がって、煤けたきょうだいたちを覆い尽くします。


 実浦くんは、彼らをあわれに思いました。ああこんなに暗い夜の国を、幼い彼らだけで互いに励まし合いながら、長いこと歩いてきたのです。どんなにか心細かったでしょう。光を求めて火山までやってきて、どうにかここまで登ってきたのでしょうが、その希望すら打ち砕かれてしまったのです。実浦くんは、胸が千切れるような思いでした。

「さあ、もう泣かないで」

 幼児の頭を撫でると、実浦くんの手のひらが黒く煤けます。

「ぼくたち、火山の山頂まで登るんです。明るく光っているんなら、高いところから探したら、すぐに見つかりますよ」

 実浦くんが慰めると、「ほんとう?」と幼児は丸い目に涙をいっぱいためて、実浦くんを見上げました。

「宇宙の端まで見通せる大きな望遠鏡も、高い山の上にあるでしょう。高いところからなら、遠くまでよく見渡せるからです」

「そうか。ではぼくたち、一緒に行ってもいいかしら」

 にわかに元気を取り戻した幼子たちに、「もちろんよ」と火灯し妖精が胸を張りました。そして子供らを元気づけるためか、いっそう明るく光りました。



 山を登り始めたときから考えますと、とても想像も出来なかった事態です。山登りの道連れが、こんなにたくさんになるなんて。

 火灯し妖精はもう本当に嬉しくなってしまったようで、さっき灯り捕りから教わったばかりの歌を歌いながら、子供たちの頭の上を飛び回りました。

 子供たちも大喜びで、火灯し妖精の歌に合わせてでたらめに口笛を吹いたり、舞い降ってくる火の粉を手のひらで受け止めたりします。あるいたずらな子は、頭上を飛ぶ火灯し妖精のリボンの羽を捕まえようと、幼い腕をいっぱいに伸ばしたりしました。もちろん、すばしっこい火灯し妖精が捕まるはずもなく、木蓮の若芽のようなふっくらした指の間を、すいすい通り抜けていくのでした。


『にぎやかだねえ』

 ライチョウだったカタツムリが言いました。ライチョウは、ふりふり左右に揺れる尻尾を追いかけられるのに辟易して、今は小さな小さなカタツムリになり、実浦くんの肩の上で休んでいるのです。

「にぎやかですねえ」

 灯り捕りも言いました。

「声にも光があるとしたら、私はこのにぎやかさもスケッチブックに留めておきたい。寂しいときに開けば、きっと慰められるでしょうから」

 灯り捕りは、まるでさっきの実浦くんのように、いくらか余計にまばたきをします。

「ほら、あの子はさっきまで私の妹だったのに、もうあんなにたくさんの子らのお姉さんですよ」

 灯り捕りの青い瞳は、橙色の妖精を写し続けています。火灯し妖精が、子供たちに歌を教えているのです。

「みんなで声を合わせるの。恥ずかしがってはだめよ。恥ずかしいことなんてないんですからね。楽しい歌なんだから、楽しく歌うのよ。泣いてはだめよ」……


 その光景を見ながら、実浦くんの頭の中に、不思議な考えが浮かびました。もしかしたら火灯し妖精は、元々は誰かのお姉さんだったのではないかと、実浦くんは思ったのです。

 夜の国。放棄の海。ここに来る以前がどうであったかは、みなあまり語りたがりません。灯り捕りのように、自分の足でここに来るような人は本当に稀で、みんないつのまにかここに来てしまうからです。

 放棄されたものが集う夜の国で、自分のことを明らかにしたがるものは、そう多くはないでしょう。実浦くんもその一人です。ですから、あえて訊こうとは思いませんでした。けれどやっぱり、火灯し妖精はお姉さんだったのではないかと、実浦くんは思うのです。


 煤けた子供たちが、火灯し妖精に教わった歌を、声を揃えて歌い始めました。それはどこかで聴いたような気がする歌で、たしか賛美歌のひとつではなかったでしょうか。

 足元に火山のぬくもりを感じながら、実浦くんはじっとその歌に聴き入っているのでした。


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