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 そんなことがありながらも俺達の交際は続き、そろそろ二ヶ月が経とうとしていた。季節は十二月半ばを迎え、街がクリスマスムードを演出し始めたせいか、ショッピング・モールに新設された映画館はカップルの姿が目立っていた。人前で必要以上にくっつくことはしていない俺とルカは、周囲の目にどう映っているのだろう。仲の良い友達か。全然、似てないから兄弟ってことはないな。

 ロビーは出入りする大勢の人でごった返している。それを見回して、ルカが言う。

「噂どおり大きいね。スクリーンも七つもある」

「オリオン座とは雲泥の差か……」

 俺達が隣り街まで足を運んだのは、敵情視察を兼ねてだった。シネコンと呼ばれる施設は何もかもが規模が違っていた。カウンターには六人の受付嬢がきちんとした制服で並び、売店には同じ人数の店員が軽食やドリンクを提供している。計七つの大小あるスクリーンでは、最新作はもちろん、名作や単館でヒットした昔の作品まで網羅されていた。

 それに比べてオリオン座は老朽化が進んでいるし、リニューアルしたところで買える作品もたかが知れている。正直、いつまで生き残れるかわからない。

「でも、俺はプロジェクターより映写機の方が好き」

 不安に沈む俺に向かって、ルカは明るく言った。

「リールが回る音がいいんだ」

「同感。映写室にいる時は、うるさすぎて腹立つけどな」

 俺の言葉に、二人して声を揃えて笑った。


 コメディ映画を堪能して帰ってくると、俺はルカを送る為、一緒に歩きだした。夜風が顔をいたぶるけど、つないだ手の温もりの方が強く感じられるから気にならない。少しでも別れの時間を延ばしたくて、わざとゆっくり歩いた。

 会話は自然とお互いの好きな映画のことになり、一番はどれかという展開になった。ジャンルにも寄るから難しいと悩みつつも、俺は『スタンド・バイ・ミー』というベタな選択をした。

「小学生の頃、近所の子達とさ、自転車で遠出して探検ごっことかやってたこと思い出してさ。懐かしいなあ」

「わかる。あの木の上の隠れ家も憧れるよね」

「そうそう。いいなあって思った。で、ルカの一番は?」

「『マイ・ビューティフル・ランドレット』坂井ちゃんも好きだって言ってたけど、司は知らないよね?」

 ルカの説明では、移民のパキスタン人の青年とイギリス人の青年の友情と愛情を軸に、イギリスが抱えている問題も織り交ぜた人間ドラマだという。まず俺が手を出さないタイプの作品だ。

「俺が見たのってビデオなんだ。一度、大きいスクリーンで観てみたかったな」

「そんなに好きなんだ」

「うん。初めて付き合った人が薦めてくれたもので、唯一嫌いになれなかったもの、かな」

 初めて付き合った人。その言葉が、俺の胸をちくりと刺した。知りたくなかったからこれまで掘り返してはこなかったけど、この時は訊いてしまった。

「それって、男?」

「うん……」

「いくつの時?」

「十八歳。相手は五つ上だったけど」

「そっか」

 素っ気ない口調なのが自分でもわかった。聞いたら腹立たしくなって、すぐに後悔した。ルカみたいな魅力的な人間を放っとくバカはいない。そんなの、わかってたことなのに。

「昔のことだよ。今の俺は、司のことで頭がいっぱいだから」

 心配そうにルカが言う。その顔を見ているうちに、無性に我慢できなくなった。

「別れたくない」

 俺はルカをきつく抱きしめ、言い放った。

「今日はここで別れたくない」

 断固とした俺の態度に、ルカは小さな声で返事する。

「部屋に、上がって」

 リビングに通されるが早いか、ソファになだれこみ、ことに及ぼうとした。俺が飢えた獣のようなキスをすると、ルカは苦しそうに吐息を漏らして訴えてくる。

「待って、司。話が――」

「そんなの後でいいだろ」

 自分でもどうかしてると頭のどこかで意識しながらも止めることができない。昔の相手がどんなふうにルカを愛したのか、それを想像しただけで激しい嫉妬に駆られた。

 ルカの顔が赤味を帯び、悩ましげに歪む。益々欲情を搔き立てられるほど色っぽかった。

キスを首筋に移し強く吸いながら、相手のシャツのボタンを外していく。

「ダメ! 待って、司!」

 ルカの抵抗はポーズと決めつけ、構わずシャツを大きく開いた。その瞬間、視界に信じられないものが飛びこんできて、俺は一時的に動きを止めた。

 ルカの胸を凝視せずにはいられなかった。左胸には大きな蛇の入れ墨があり、その蛇がJASONという名前に絡みついていた。

「な、なんだよ、それ……」

 思わず後ずさりする俺に、ルカはすがろうと片手を伸ばす。

「お願い、話を聞いて」

 だけど俺の耳は、いや、すべてが拒絶反応を起こした。

「無理だよ、俺。そんなのっ!」

「行かないで、司‼ 司‼」

 ルカの叫び声を背に駆けだす。

 外に出て、夜道をがむしゃらに走り続けた。駅が見えたところで、靴を履いていないことにようやく気づいた。

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