ルカが働き始めてから約一ヶ月で、支配人の思惑どおり、オリオン座には映画そっちのけで集まる若い女性客が増えた。口コミで評判を聞きつけたのか、日に日に数を増していき、遅番の時は平日にもかかわらず最終まで粘る者まで出る始末だった。土、日のシフトに入っていたらもっと大変なことになっていたかもしれず、ルカに助言しといてよかったと心の底から思った。

 女子中学生と高校生の間では、既に親衛隊もできているという。顔がいいって、こんなに凄い効果があるものなのか。

「ポップコーンくださーい」

 制服姿の女子高生達が、売店に押しかけた。俺の存在なんて目に入らないらしく、ルカにだけ声をかける。

 清算の際に手が触れ合うと、それだけで顔を真っ赤にして友達とはしゃいだ。

「ちょっと。売り子さんはルカだけじゃないんだからね。こっちのお兄さんにも頼みなさいよ」

 見かねた様子で坂井ちゃんが声を張りあげた。

「あの女の人、こわーい。やきもち焼いてるのかなあ」

「絶対そうだよねー。ルカはみんなのアイドルだから」

 口々に勝手なことを言う女子高生達に、ルカは弱り果てた口調で促す。

「もう映画始まっちゃうよ。早く席に着いて」

「はーい」

 アイドルの言葉に素直に館内へ消えていく後ろ姿に向かって、坂井ちゃんは毒づく。

「あー、腹立つ。いちいち語尾伸ばさなきゃ喋れないのかね。本性はあんなじゃないくせに」

 それから、矛先を俺に向けた。

「つかっちゃんがしっかりしないとダメじゃん。大事なルカに悪い虫がついたらどうすんの」

 俺が取り持ったのも手伝って、坂井ちゃんもルカとは普通に話せる仲になっていた。だからこそ、本人を前にしてこんなセリフも遠慮なく言えるのだ。

「この前だって、けばい女にくどかれて困ってたよ。つかっちゃんが遅刻なんかするから」

「くどかれたの?」

「うん。デートしてほしいって。日本の女の子って、もっと消極的だと思ってたのにな」

 羨ましい。そう言いかけて呑みこむ。

「その気がないならきっぱり断ればいいだけだよ。できるだろ」

 眉根を寄せ俺を見上げるルカの顔に、何も言えなくなった。なんで、そんな捨てられた仔犬みたいな目で見るんだよ。

「ルカを責めないで、つかっちゃん。日本に来て間もないんだから色々ついていくの大変なんだよ。ね、ルカ」

 それとこれとは関係ないと思う。第一イギリスにいた時の方が、よっぽどくどかれていたんじゃないだろうか。それこそ、男にだって。

「いいんだ、坂井ちゃん。俺が優柔不断なのが悪いんだ」

 ルカは言いながら、落ちてきた髪を右手で払った。その拍子に耳たぶがちらりと見える。

「あれ、ピアス忘れたの?」

「やめたんだ」

「どうして」

 ルカは、恥じらうように目を伏せた。続いて、小さな声で答える。

「司が、嫌いだって言ったから……」

 俺が口を開こうとする前に、ルカは背を向けてしまった。

「お菓子なくなりそうだね。上から取ってくる」

 さっきの言葉をどう受け止めるべきか考えあぐねる俺を、坂井ちゃんは、にやけた顔でみつめていた。

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