早番は開館の準備があるけど、遅番も閉館の仕事があった。ルカに外看板をしまってくれるよう頼むと、俺は支配人室のゴミをまとめ、流しにあった急須と湯飲みを洗って片付けた。小糸さんと高島さんは一足先に上がっている。

 掃除に関しては委託しているので、業者が二人で手分けしてやってくれる。若そうな兄ちゃんの田代さんがトイレをやっていたから、南のおばちゃんは館内だろう。そう思って覗きにいくと、そこにはルカの姿もあった。南さんはモップがけの手を休め、ルカにひそひそ話をしていた。

 またか。俺はため息をついて、二人の傍まで歩いていった。

「どの席ですか?」

 そう尋ねるルカの声が、不安を帯びていた。

「二列目の、左から四番目よ。決まってそこなの」

 南さんの指差す先には、空っぽの客席が並んでいるだけだ。

「またその話してたんですか。南さんも人が悪いですね」

 俺が声をかけると、ルカの身体がびくりと跳ねる。それとは逆に、南さんは大口開けて笑った。

「一応、耳に入れといてあげた方がいいでしょ。いきなり目撃したら、心臓に悪いじゃない」

 南さんは言いわけすると、再び清掃に取りかかった。

「司も見たことあるの、おじいさんの霊?」

「ないよ。小糸さんと、何人かのバイトが見たとは言ってたけど。夜より朝の方が出るって聞いたな」

 幽霊話は大概どこにでもあるものだ。特に古い建物で、暗闇に包まれる時間があるなら尚更。オリオン座には、老人の霊が出るっていう噂があった。南さんも目撃した一人で、新人が来ると必ずこの話をした。俺の場合もそうだった。

 ふと、腕に違和感があったので、そちらを見ると、ルカが袖を掴んで寄り添うように立っていた。

「ひょっとして、幽霊とか苦手?」

 どうやら無意識だったと見え、ルカは慌てて手を離した。

「うん。子供の頃から怖がりで。嫌だな。夢に見そうな気がする」

 視線を前方に据えたまま、ルカは拳を軽く口元に当てた。どうやら本当に苦手らしい。ルカはアパートで一人暮らしをしているから心細いだろうな。そう考えると、自然と口を開いていた。

「今日は俺のうちに泊まってく?」

「えっ……」

 戸惑うルカに、言葉を付け加える。相手は女の子じゃないし、友達と呼べるくらいの仲なのに、何故か必死になってしまう。

「俺だけじゃないから。両親にルカのこと話したら、一度家に連れてきなさいって言われちゃって。特に母親がさ、ハンサムな外国人に目がなくて」

「でも、こんな遅くにおじゃまして迷惑じゃないかな」

 ルカは自分の腕時計に視線を落とした。

 俺も確認すると、十一時を過ぎたところで、家に着く頃には十二時近い。

「平気平気。遅番の時はいつもそうだし。電話入れとくから遠慮するなって。もちろん、無理にとは言わないけど」

 ルカは「ううん」と首を左右に振った。

「一人の部屋に帰るの怖かったから、嬉しい」

「決まり。汚い部屋だけど、文句なしな」

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