最終話 安泰ヒーロー

「メイ、メイ、特大ニュース! 〝ギルマ〟で逮捕者出ちゃってんだけど!」

 あたしが教室に入るなり、スマホをかざすタマコ(依然として包帯少女状態)が嬉々ききとして駆け寄ってきた。

「もう知ってる」ニュースになるよりだいぶ前の犯行中のときから。「だから朝っぱらから騒がないで」

「ウチのアカウントを無期凍結した天罰が下ったに違いないね。運営が青ざめてること間違いなしっしょ! なんかさ、変態教師が教え子に全裸写真撮らせて〝ギルマ〟経由で送らせてたんだってよぉ~!」

「あんた……日本語読める? その記事をどう読んだら教え子になるのよ」

「え? 違った?」

「教え子じゃなくて、どこか別の街に住んでる知らない匿名の女子高生が被害者」

「細かいなぁ~。どうでもいいじゃんそこんとこは」

「あんたが捕まれば良かったのにね」

「なんでウチが捕まんなきゃなんないんだっちゅーの!」


 タマコが犯人というケースもわずかながらに念頭にはあった。

 棺のアリスに-35円でTシャツを赤字発送してしまった汚点を彼女は知っている。取引履歴も見せていたので、なりすましができなくはない。ブロックをしていたこともあるし、程度の低いオヤジギャグなどの共通点もある。

 けれども、最後通告にも反応なく、ふざけるにしても度が過ぎていたので、最終的には別人が捕まると思っていた。


 で、実際に逮捕されたのは、チンまん、もとい、棺のアリス、もとい、本名――氣羅きら三二六みつむという冗談みたいなキラキラネームの42歳おっさんになったというわけ。

 キモデブからはだいぶ掛け離れていた外見には多少驚きだったけど、教師といわれたところで、ふーん、としか思わない。

 変態教師が捕まるのなんて今では日常茶飯事になっている。

 住所と名前の開示をあっさりとやめて、裸写真に固執していたことから、狙いは元から後者で、相手も身分を知られるとマズい人間だとも、なんとなく読めていた。

 こちらの挑発に乗ってきたのは、失うことになるであろういい御身分のせいだろうか。称賛しょうさんされるべき教師をやってるのに、社会のゴミだとかヒキニートとののしられたら、カチンとくるはずだ。


 あたしは記事内写真の容疑者さんに心のなかで話しかける。


 これであたしを怒らせたらどうなるかわかっていただけましたでしょうか?

 匿名配送が意外に匿名じゃないってことは知ってたよ。ギルママスターが頼りなくて、ガイドを読み込んじゃってたからね。おかげ様でいい釣り餌にできました。

 ニュースのほうは意外としっかり匿名になっているでしょう?、あんたじゃなくて、あたしのほうがだけど。

 証拠は念には念を入れ十分すぎるほどそろいにそろってあるので、ご愁傷さま。

 あたしに噛みつくような変態を、社会的に確実にぶち殺せるのなら、プレゼントしてあげた品々は、恐ろしくやすいものだよ。

 ネットのどこにでも転がっていそうなつまらないモノで大したことなかったでしょう?

 割に合わなくてごめんなさいね、という感じ。

 獄中ごくちゅうで首を吊ってくれる続報が、待ち遠しいので、よしなにお願いいたします。

 ああ、奥さんと子供がいるんだっけ。ざあまあ見ろって感じです。

 変態と結婚した無能の人生も、変態が生み落としやがった糞ガキの人生も、どうだっていい。

 純真無垢じゅんしんむくな心がこれっぽちも痛まなくて、ごめんなさい。


「ねぇ、メイ、話訊いてる?」

「ごめん、ぜんぜん無視してた。――なに、話って?」

「エゴサしたら未来永劫みらいえいごうこの事件のことが最上段に出てきそうに残念でノーガード戦法みたいな名前の人を、うまい具合に再起不可能な一発KO容疑者へ仕立て上げたのは、メイなんじゃないかって話」

「はぁ? 何馬鹿なこといってんの?」

「何日か前、荷物の三角関係で悩んでるってウチに通話よこしてたっしょ? それで購入者とトラブって、そいつが変態でムカついたから、死ンジャエール!、みたいな。ここ何日か学校休んでたのは事情聴取とかいうやつなんじゃないのぉ~?」

 こいつは余計なことにはかんが働くからめんどくさい。

「じゃあタマコは、あたしが計画的にやったって言いたいわけ? 自分の裸写真撮って送りつけて警察にとつらせたってことになるじゃん。頭にウジがわいてる裏アカ女子みたいなことするはずないでしょ?」

「製造したのはメイでも、相手の男が製造したことになるのは面白いよね」

「だから、そんなことやってないってば……」

 いいや、メイならやりかねない、とタマコが得意げに大声で語り出す。


「中1のときにさ、電車でリーマンに尻をむにゅってされたときなんか、近くにいた野球少年から金属バットっさらって、痴漢ちかんは死ね!、って連呼しながらフルスイングでカキーンカキーンと猛打賞もうだしょうを連発して、頭割ったじゃん。血原という名字に恥じないくらい、鮮血が飛び散り、電車は非常停止。ウチがドン引きしながら、もうやめようって言ったらなんって返したか覚えてる? 少年法があるから平気! それで大人たちが、マジで殺すつもりだぞ!、って慌てて止めに入ってリーマンを守るわけのわかんない始末。相手が警察沙汰ざたにできなかったから助かったけど、あれは一歩手前まで行ってたっしょ? 以来ウチは、メイは本気で怒らせちゃダメな人だって学んだからね」


 そんな話を、クラスの中で武勇伝のように語ってみせるな、ボケ……。


 し~ん……と静まり返った室内。

 今年もクラス全体からハブられることが決定した静寂。

 ピコンっ♪ 

 と、静観とした教室内に、あたしのスマホが通知音を鳴らす。

 どうやら黒歴史がまた一つ、売れたようだ。

 あたしの〝ギルマ〟のアカウントは諸事情しょじじょうにより、無期凍結になってしまっているが、タマコ同様、約束された地〝ユニマ〟で復活をげていた。

 ゆえに販路は、いまだ安泰あんたいである。

「やっぱり販売を再開させてるんじゃニャ~のぉ?」

「違いますー。こっちくんなし!」

「はにゃ!?」

 飛びかかってきた包帯少女のスネを蹴って押しのけると、


 パチパチパチッ!


 聞こえてきた音に、あたしは顔を窓際に向けた。

 座席から立ち上がって拍手を送っていたのは、忘却ぼうきゃく彼方かなたに忘れ去っていた物静かなマスクボーイ……GOTHくんだった。 

「血原さんはヒーローですよ!」

「……ごめん、今なんていった?」

「血原メイさんは、変態を倒す正義の味方なんです!」

 と、GOTHくんが近づいてきて、あたしからこっそり買っていたコウモリリングの嵌っている右手を、これ見よがしに差し出してくる。

「よかったら、僕と付き合ってください!」

 ……ここにきて、これかよ。

 あたしは満面の笑みを浮かべ、GOTHくんの手を打ち払った。



「あんただけは絶対無理だから、気持ち悪い」




     (終劇)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Devil's まーけっと(THE ANTAI-HERO) 猫渕珠子 @nekobuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ