第23話 ものとんvsチンまん ラウンド1

『1時間ほど返信がないため、再度ご確認のご連絡をさせていただきます。ものとん様の下着を追加発送していただく提案は、ご承知していただけたのでしょうか? それと先程さきほどは書きそびれてしまったのですが、当方に送っていただく下着のいうのは、厳密げんみつに言いますと、ブラジャーとショーツの両方ということになります。それに加え、中学当時に購入していたものを、今現在、高校生になっているのものとん様が、ご着用いただき、洗濯することなく梱包したものと、限らせていただきたく存じます。よろしくお願いいたします』


 ベッドでふて寝していたあたしは、新たに入ったコメントを見て、スマホをへし折りたくなった。放置していても状況が改善する見込みはなさそうだ。返信せずにいたら、悪くなる一方。

 重い腰を動かして、ベッドの端に座る。

『使用済みや試着をおこなった下着のお取り引きは、〝ギルマ〟の利用規約によって制限されている「わいせつ物」に該当がいとうするため、お送りすることができません。ショップ内の品物からお選びいただくよう、再度お願い申し上げます』

『ものとん様、下着はわいせつ物ではありません。わいせつ物であれば、衣服を売っている店は、すべからく、わいせつ物を陳列ちんれつしている罪に問われています。』

 ……こいつガキかよ。


 変態は死ね!


 と、打ち込んだあとに、全文消す。

 ぜったいこっちの反応を見て面白がっているはずだ。

 を出しては思うつぼ

 喜ぶに決まっているのだから、あくまでも事務的な対応に務める。

『もし、下着以外受け付けないということであれば、現在自室に保管してある新品の下着を遅らせていただきます』

 この譲歩じょうほ我慢がまんしろ。すぐファッションセンターに行ってあたしが絶対買わないようなやつを適当に見繕みつくろって送りつけてやるから。

『新品は要らねェんだよ。お前がいたのよこせって言ってんだよこっちは。日本語読めねェのか? おい、ものとんちゃんよォ。日本語読めまちゅかァ~? ヨメマセンデスカ~?』

 チンまんの文体が様変さまがわわりし、ゾッと鳥肌とりはだが立つ。

 同時に、頭にカッと血がのぼっていた。

『うっせーキモデブ』

 今度は脊髄せきずい反射はんしゃで送信してしまっていた。

 さすがにマズったと思い、すぐに、

『すみません。幼馴染に送るLINEと間違えて送ってしまいました。』

 と送るが、時既ときすでおそし。

『客に向かってキモデブとか、お前やべェな。頭そうとうおかしいんだろ?』

 ……えろ、あたし。

不快ふかいな誤送信をしてしまい、申し訳ありませんでした』

『申し訳ないって思ってんなら、チンまん様、だろ? 名前と様をつけろよ。十なん年も生きててそんなこともわかんねェーのかよ。おわってんな今どきのJK。そんなんで社会に出てやってけると思ってんの? キティキティキティ~ちゃ~ん、キティガイちゃ~ん? どこの底辺高校に通ってるんですかァ~?』

 ……全力でえろ、あたし。

 ここは事を穏便おんびんに済ますためにしかたがない。

『チンまん様、この度は誠に申し訳ありませんでした。心より謝罪いたします』

『ようやく俺のニックネームを打ち込んだな。ものとんちゃんさァ、わざとニックネーム打たないようにしてたんだろ? 予測変換に、チンまん、って出てきちゃうのが嫌だったのかなァ? 前はちゃんとニックネームに様をつけてくれたのに』


 ……前は?


『ちょっと待って、』と、あたしは素になって打ち込んでいた。『前は、ってなに? チンまんなんていうふざけたニックネーム入力してあげたの、今がはじめてなんだけど』

『いいね、いいね! やっとJKと話してる感じになってきたね!』

『いいから、前は、ってなに?』

『前に使ってたアカウントだよ。お前、ブロックしやがっただろ? ったく、別アカつくる手間かけさせやがって。俺が誰かわかるか? ものとんちゃ~ん♪』

 低レベルにあおってくる、ガキみたいなやつ…………ガキ……男の子……男子……ボーイ……マスクボーイ。

 学食で、窓際のひとりがけテーブル席に座り、単行本を読む、コウモリリングを右手人差し指にめた、同級生の男子の姿が、脳裏にフラッシュバックする。

 最近は、視界に入らなくなっていて、あたしに話しかけられるのをようやくあきらめてくれたと思っていた。

『……GOTHくんなの?』

 ブロックしていたことは、気づいていたんだ……。

 ファンがアンチに変わるような心理変化があったのだろうか。

 物静かな人は、仮想空間では見境みさかいがなくなるという話は、本当なんだと思った。

『GOTHくん? お前、俺を誰と勘違かんちがいしてんだよ』

『……え? 違うの?』

 すこし間を置いたあとに、あっけなく正解が表示された。


『ものとん様、はじめまして✞ 即購入可だったので購入させていただきました👻 短い間ですが、お取り引き終了までよろしくお願いします♥』


「そっちかよ……」

 と、あたしは溜め息をつく。


『このコピペで俺の正体がわかったろ? お前の輝かしい初取引の相手、ひつぎのアリスちゃんでェ~す (・ω<) ☆きゅぴーん♡』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る