第22話 地雷系女子、地雷を踏む。

 前もって誤発送を告げるため、変態Cへのコメントを打っていた最中さなか

 ピコンっ♪

 先に変態Cからコメントが入った。

『ものとん様、こんにちは。先程荷物が届いたのですが、封筒の中に入っていた商品が、注文していた「臓物ぞうもつうさぎTシャツ」ではなく、「I❤ゴスロリ」とフロントに大きく文字が入った別なTシャツが入っていました。誤発送かと思い、ご連絡を差し上げた次第です』

 言われなくてもわかってるよ!

 あたしは、変態Bに送っていたコメント文をコピーし、ニックネームなどを一部削ってから送信する。

『大変申し訳ございません。同時に発送手続きをおこなっていた商品と、宛先を貼り間違え、誤発送してしまったようです。現在ご購入の商品が手元に無い状態となり、お届けすることができなくなってしまいました……。誠に申し訳ないのですが、お取り引きのキャンセルと、返金をさせていただきたく思います。誤って届いてしまった品物につきましては、そのままお手元に置いていただいてかまいません。お忙しいところ、お手数おかけして申し訳ございませんが、ご返答よろしくお願いいたします』

 変態Bのときとは違い、すぐに返信してこない。

 待っている数分は、嫌な間だった。

 そして、

 ピコンっ♪

 と、返ってきたのが、こちら。

あやまって届いた品物を、当方とうほうの手元に置いて構わないということですが、当方が本来望んだTシャツではないので、ものとん様のもとへお返ししたいと思います。返送する場合、どのような手続きが必要になるでしょうか?』 

 ちょっとヤバいな……とあせりをおぼえながら、あたしはスマホ画面に指をすべらせてフリックしていく。

『Tシャツの返送は必要ありません。ご不要の場合、申し訳ありませんが、処分していただけると助かります』

『こちらの「I❤ゴスロリTシャツ」は、ものとん様が3500円で出品されている商品とお見受けします。高価なお品のため、手元に置いておくにも処分するにも心苦しく、ぜひとも返却したいと思います。つきましては、当方から返送するため、ものとん様のご住所とご氏名を教えていただけないでしょうか? 発送の手数料は、当方で支払うので、心配いりません』


 ああもう!、と、あたしは頭をかきむしる。

「やっぱりそうきたか……」

 発送手数料などはなから心配していない。

 住所と氏名の開示が大問題だ。

 ――使用済みTシャツより、個人情報を欲しがられたらどうするか。

 それがあたしが懸念けねんしていたことだった。変態Bはデコイにした無料提供のTシャツに都合よく食いついてくれたが、こいつには陽動ようどう作戦が通じなかったようだ。

 この変態Cのニックネームは『チンまん』と言い、あたしの店から何度か購入経験のあるリピーターだった。

 アイコンは、白い背景に黒線で描かれた『ゾウ』の頭のらくがき……なのだろうけど、アイコン脇に表示される『チンまん』に引きずられて、どうしても別なモノに見えてきてしまう。

 カタカナのほうにも、ひらがなのほうにも、卑猥ひわいひびきのあるニックネームなだけに、あたしは普段コメント対応のときは『○○様』と呼びかけるようにしていたけれど、こいつだけは除外していた。スマホで『ち』と入力したときに、予測変換で『チンまん』なんてワードが表示され、タマコにでも見られたら最悪。

 とにかく相手は、象アイコンに『チンまん』というニックネームを使って、公然と売買取り引きにのぞんでいるやから。

 中の人はろくでもないやつだろう。

 お金を落としてくれるリピーターは歓迎と思っていたが、今の状況では悪夢だ。

 何度も買うということは、「お前に興味があるぞ」と言われていたようなもの。

 そいつに、住所と本名を教えたら、どうなることか……。


 汗がじんわりにじんできた手で、あたしはコメントを返す。

『お心遣いには感謝いたしますが、返送の必要はありません。今からキャンセル手続きをおこないますので、取引ページの更新後、同意の確定ボタンを押していただけるようにお願いいたします。この度は、こちらの不手際で、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした』

 これ以上相手にしたくない一心で、コメントを送ってから、すぐさまキャンセル申請をおこなった。

 あとは『チンまん』が引き下がってくれるのを祈るしかない。キャンセルが確定されたら、速攻でブロックしよう。

 ピコンっ♪

 と、運営からの通知がすぐに入った。

『お取り引き中の相手が、キャンセル申請に同意しませんでした。お互いに納得がいくまで話し合いましょう』

 ……マジかよぉ。

 取り引きのキャンセルには、双方そうほうの同意が必至ひっす

 チンまんが同意を確定させなければ、いつまでたっても終わりにすることができない。そして、取り引きが継続中では、ブロックすることだってできないのだ。


『ものとん様、差し出がましいようですが、話し合いの途中で一方的にキャンセル申請をなさるのは、少々失礼ではないでしょうか? 当方はまだ注文した商品が届かなかったことに対し、納得できていません。購入代金の3000円は支払い済みであり、「臓物うさぎTシャツ」を当方のもとへ早急に届けていただくようお願いお申し上げます。』

 それが無理だっつってんだよボケ。

 チンまんも重々承知しているだろう。

 商品を回収しようとしないことから、あたしが匿名解除を嫌がっているのは丸わかりで。本来届く予定だった「臓物うさぎTシャツ」を受け取った変態Bにも、あたしが同じ対処をしていると、推察すいさつされているに違いないのだから。

 狙いはきっと、無理なことを言い続けることで、八方塞はっぽうふさがりになっているあたしをれさせる気なのだ。

 個人情報を教えてくれたら、取引キャンセルに同意するよ――そういう悪魔的な条件を持ちかけてくると思った。

 でも、チンまんから提示された解決案は、違った。

『当方が注文していた「臓物うさぎTシャツ」の発送がどうしても困難ということであれば、〝追加発送〟の機能を使い、代わりとなる品を再発送していただけないでしょうか? ご検討よろしくお願いいたします』

 ……追加発送?

 そんな機能があっただろうかと思い、取引ページを確認してみる。

 たしかに追加発送機能というものが存在していた。

 ヘルプページを読むと、発送した商品に入れ忘れがあった場合などでもちいられるものらしい。発送手続きをおこなってしまうと、通常は、二度目の発送ができなくなってしまう。しかし、追加発送の申請をおこなえば、手数料と送料が発生することになるけれど、もう一度、出品者から購入者へ、匿名での再発送が可能になる。

 天からの助けのように思った。

 ようするに、チンまんは、間違って届いた「I❤ゴスロリTシャツ」の他に、なにかもう一つ送って寄越せば手を打つ、と、言ってきている。

 こすっからいことを提案されてこられたが、誤発送をしてしまったがこっちにはあるし、住所と本名を教えてやるよりは何百倍もマシ。

『追加発送のご提案、お受けいたします。それでは、同価格帯のお品を、ショップ内から選んでいたたき、それを追加発送で送るというのはどうでしょう? 誤発送のお詫びもかね、5千円までの商品であれば、どれを選んでいただいてもかまいません』と、手切れ金として2千円上乗せしてやるから、『何卒よろしくお願いいたします』何卒はやく取引完了でブロックさせてください。

 これで文句はないだろう。

『当方のご提案を承諾しょうだくいただき、ありがとうございます。しかしながら、送っていたたきたいのは、まだショップには出品されていないおしななのです』

 返ってきた答えに、あたしは顔をしかめた。

『すみません。まだ出品されていないお品、というのは、どういった意味でしょうか?』

『当方が送っていただきたいのは、ものとん様の下着したぎです』

 ……なにいってんだ、こいつ。

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