第17話 無期凍結

 ゴールデンウィークがあけて、一週間ほどたった、ある日。

「メイぃ~、聞いてくれよぉ~……」

 タマコが泣きついてきた。

「ウチの〝ギルマ〟アカウントが、運営からいきなり利禁りきんくらったんだけど!」

 差し出されたスマホには、運営からの重要なお知らせが表示されてある。

「えっと、なになに、……」

 と、あたしはスマホを受け取って文章を読み上げていく。


     ――――――――――


【重要】ギルマ運営事務局からのお知らせ

 こちらはギルドマーケット運営事務局です。

 タマコ様のご利用状況を確認したところ、ガイドラインと禁止事項に違反するご利用をされていることが確認されたため、規約に基づき、出品商品の削除ならびに無期限の利用制限をさせていただきました。


《該当するガイドライン・禁止事項違反》

・迷惑行為

・サービス運営を妨げると判断される行為

・トラブルの原因となる物の出品

・弊社が不適切と判断する物の出品


 これ以後、タマコ様におかれましては、出品・購入などの機能をご利用になることが、永久的に、不可能になります。制限解除の見込みは一切ございません。この件に関してメールでお問い合わせをいただいても、一切応じられません。

 今後のご利用はご遠慮いただき、新規アカウントの登録もなさらないようにお願いいたします。なお、すでに確定されている売上金につきましては、通常どおり振込申請をしていただくことが可能です。

 今回の処置は、多くのユーザー様に安全・安心にご利用していただくための判断であり、何卒ご理解くださいますようお願いいたします。


     ――――――――――


 全文読み終えると、タマコがギプス固定されていない左手で頭をかきむしった。

「ご理解できねぇーよ、クソ運営がぁーッ! どーいうことだよぉっ!? ウチが自分のブロマイド売ってただけで、なんてあかバンされなきゃなんないんだよ! 警告もされずに一発退場! 執行しっこう猶予ゆうよなしの無期むき凍結とうけつ! 写真は出品禁止リストにも入ってないのにさ。人が写ってる写真が問題なら印刷物全般がアウトっしょ!? アイドルはOKで、ウチのはダメ? そんなの不条理だ!」

「丁寧文体でおもいっきりブチ切れられててウケるんだけど。あんた調子に乗って、見えちゃマズいものでも写してたんじゃないの? なけなしのおっぱいとか趣味の悪いパンツとか」

「写してまーせーんー! ウチでもさすがにそこまでやれば目を付けられるってわかってましたよ。だからちゃんと注意してたんですぅ!」

「まあ、そこが問題ってことなら、違反項目には『公序良俗に反する物』とか書かれるだろうしね」

「じゃあ何が問題!?」

「単純に個人ブロマイドの販売が迷惑で不適切って判断されたんでしょ。売ってる当人が女子高生なだけに、もし性犯罪がらみの事案に発展したら、とか、いろいろ憂慮ゆうりょされちゃったんじゃないの? ユーザーのあんた自体がトラブルのもとってことね。こいつは時期に問題起こしそうなヤバそうなやつだから、――」と、あたしはタマコのひらたい胸に指鉄砲を向ける。「バンッ!」

「…………」

 おや?

 寡黙な少女のようにだんまり棒立ちしてしまっているところを見ると、かなりこたえているようだ。包帯、眼帯、マスクで、のぞけているのは左目くらいだけど、苦虫を噛み潰した表情を浮かべているのがなんとなく伝わってくる。廃業に追いやられてしまったのでは無理もないか。

 なぐさめの言葉のひとつでもかけてやろうかと思っていると、

 ピコンっ♪

 通知音を発したのは、タマコのスマホだった。

 途端とたんに彼女が息を吹き返したように動き出し、あたしが手からスマホをぶんどって回収する。

「おおっ。ウチのブロマイドがまた1セット売れましたよ~!」

「ちょっとまって……タマコ、何いってんの? 利用制限かかってるんでしょ? あたしが読み上げたお知らせに永久追放みたいなこと書かれてあったじゃん?」

「うん、〝ギルマ〟のはね。今入った通知は〝ユニマ〟から」

「ユニマ?」

「〝ユニオンマーケット〟の略」

「ひょっとして、それも……?」

「フリマアプリは似たのがけっこういろいろ出てるからね。ひとつダメになったとしても、別なサービス使えばいいってだけの話ですよぉ~。ウチは何度でもよみがえる! なははっ!」

 しゅんとしていたと思えば、けろりと立ち直って大笑い。

 叩かれても殺虫スプレーを吹きかけられても元気に動き回るゴキブリに似てる。ミイラのような格好をしているけど、ゾンビみたいなやつだとも思った。それも、頭を吹き飛ばしても起き上がって歩き回るようなたちの悪いタイプの。

 核戦争が勃発ぼっぱつして世界の終わりが来ても、ゴキブリとタマコだけは仲良く地上を闊歩かっぽしていそうだ。

「あんたは殺しても死ななそう」

れるなぁ~」

めてるわけじゃない」

「あ、そうそう。メイちゃ~ん、〝ユニマ〟のほうも友達招待されてくんない? また500Pがゲッツできちゃうよ?」

「あたしは、――」べつにいい、と断ろうと思ったのだけど、考え直す。「まあ、登録だけならしといてあげてもいいかな」

 と、〝ユニマ〟の友達招待を素直に受けることにした。


 あたしの首には鎌がかかっていない、とは言い切れない。

 売っているのは利用規約に抵触していない古着や小物類だけれど、商品説明をあらためられでもしたら、垢バンの恐れはあるだろう。変態どもの購買意欲をそそるために、書かなくてもいいような味付けをあれこれしてあるのだから。

 結局、運営のさまたげになる行為とか、弊社へいしゃが不適切と判断する物とかいう、曖昧あいまいでズルい包括ほうかつ呪文の記載がある限り、セーフティーゾーンはどこにも存在していないのだ。

 そのときが訪れてしまったときのため、復活場所を確保しておくに越したことはなかった。

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