第16話 マネー≫プライド

『魚のバナナ様、商品の発送をお知らせをいたします。ご注文の「十字架ロングTシャツ」は、今日、最寄りの郵便局で発送手続きをおこないました。商品の到着まで、もう少々お待ち下さい。』

『ものとん様、発送のご連絡ありがとうございます。引き続き取引終了までよろしくお願い致します。』


     □□□


『ものとん様、はじめまして! 親切な値下げ対応ありがとうございました! さっそく購入させていただきました!』

『TAXIジョーカー様、はじめまして。この度はご注文ありがとうございます。商品の「ブラックフリルスカート」の発送は、学校が終わってからになる予定です。明日の午後になってしまいますが、よろしくお願いします。』

『わかりました! 授業がんばってください!』


     □□□


『ものとん様、申し訳ありません。購入した「黒レザーチョーカー」のお支払いなのですが、今日は仕事の都合で出来なくなってしまいました。明日になってもよろしいでしょうか……?』

『残業常男様、お支払いの件、承知しました。期限内であれば、いつでも大丈夫ですよ。お仕事がんばってください(^^)』

『ありがとうございます!』


     □□□


『ぷちにょんズ_1989様、商品の発送をお知らせをいたします。ご注文の「ゴスロリ風オーバーニーソックス」は、今日、最寄りの郵便局で発送手続きをおこないました。商品の到着まで、もう少々お待ち下さい。』

『ものとん様、発送報告ありがとうございます。……あの、すみません、確認してもよろしいですか?』

『はい、なんでしょう?』

『発送前に、靴下を一日いてから洗わずに梱包して欲しい、とお願いした件なのですが……履いていただけましたでしょうか?』

『はい、そのようにしました。』

『感謝です! 届くのを楽しみにしてます!』


     ***


「履くわけねぇーだろ、バーカ」

 注文のコメント対応を一通り終えたあたしは、スマホの画面に吐き捨てる。

 金欠苦きんけつくにはどうしてもあらがえなかった。

 今日の学食で「もう売らない」と断言していたけれど、じつはタマコが予想していたように、ゴールデンウィーク中に〝ギルマ〟での再出品をはじめていたのだ。あいつに言いでもすれば、ほら見ろぉ~、と冷やかされるのがオチなので、このまま永久に教えない。

 再出品するにあたって、あたしはプロフィールから削除していた『現役学生を匂わせる文章』を復活させた。そればかりか、生写真モドキのブロマイドを売り始めたタマコのように、『女子高生』という魔法のスペルをはっきりと入れた。商品説明も、お馬鹿なギルママスターによる指南例文に習って、いろいろと匂わせるようにしている。

 すべてはターゲットを変態どもに合わせるため。

 その思い切った決断にいたったのは、やはりあの成功体験が大きい。

 新品の服よりも古着のほうが高く売れることを、あたしがまだ不思議に思っていたとき、買い手が変質者であるという推測をタマコに告げられて、彼女の言うとおりに商品説明文を改変してみたら、500円に値下げしていても売れ残っていた新品の死神どくろTシャツが、3500円という破格の金額で『SOLD OUT』してしまった秒売り劇。

 変態に自分の古着を売り渡のすは、嫌で嫌でしかたない。

 でも、彼らを相手にすれば、三桁から四桁へ、まさしく桁違いの販売価格に吊り上げることができる。できると知ってしまったのだ。

 この、おカネを生み出す〝錬金術〟的な魅力は捨てきれなかった。ファボっている商品は増える一方、ふつうに売っていたのではいくら売ってもお金が足りない。

 だからあたしは、プライドを捨てた。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん――11,250円」

 ふふっ。売上残高を表示するたびに、笑みがこぼれる。

 出品を再開してわずか三四日で、数点さばいただけで、この金額なのだから、手を打って喜ばずにはいられない。なんたってバイトするよりも稼げちゃっているのだ。

 これはもう仕事の域。

 あたしはゴスロリ用品店『ものとん's マーケット』の店主けん従業員。

 仕事と思って余計なことは考えない。照準をしぼったことにより積極旺盛おうせいな変態カスタマーが出始めてきているけれど、テキトーにいなして事務的に対応する。

 売っているのは、ただの衣類と雑貨。

 注文され、梱包し、発送して対価を得る。

 無心になってたんたんとこなすのみ。ただそれだけ。


「さてと、今日は何を出品しよっかな」

 あたしが今いるのは家の二階にある自室――ではなく、一階の仏間ぶつまだ。

 い草と線香のかおりが漂う仏壇の置かれたこの和室空間を、現在『ものとん's マーケット』の事業所として開設。梱包をおこなう作業場にしている。

 クローゼットの中に眠っていた黒歴史たちは、ボックス型の収納ケースごと自分の部屋からすべて持ち出し、商品在庫となってたたみのすみっこに積み上げてあった。

 これはべつに、あたしの部屋の匂いを変態どもに一呼吸でもがせてやるものか、と思って嫌悪感から引っ越して来たわけではない。あくまでプライベートな空間と仕事場を分けるための処置である。

 出品準備に入るため、装備を整えていく。

 ビニール手袋を両手にめ、不織布ふしょくふマスクとウレタンマスクで口を二重におおう。大切な商品に手垢てあかつばを付着させないための当然な対策だ。髪の毛を混入させることがないように、うしろで団子だんごにまとめ、まつ毛一本さないようにゴーグルを装着。さらにシャワーキャップをかぶる。服の上にはスモックも着込む念の入れ用。もちろんこれらも、個人通販業者としてのプロ意識からくるもので、他意たいはない。

「メイ……その格好はちょっと神経質なんじゃないの? なんだかテレビに出てくる医療従事者みたいで、怖いわよ」

 昨日の夜、梱包現場のところをたまたま母に見られ、こう言われたけれど、ぜんぜん神経質なんかじゃない。ウイルス感染予防対策に最大の重点が置かれ、世界全体がてんやわんやしている昨今さっこん、いち事業者としてこのくらいやるのは当たり前――ということにしておいた。

 ちなみに、〝ギルマ〟へ出品していることは母に報告済み。

「変なものは売ったりしないでね」

 とだけ忠告を受け、ちゃんと許可を得ている。

 大丈夫。

 変なものは売っていない。

 変なひとに売っているだけ。

「とりあえず今日は……首吊りガイコツのペンダントからいこっ」

 消臭スプレーと除菌スプレーを座卓ざだくに配置し終えると、あたしは仕事を始めるべく、収納ケースのふたを開けたのだった。

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