第15話 個人ブロマイド

 昼休みを迎え、あたしとタマコはいつものように学食のテーブに着いている。

 座りながらチラッと流し目で横を見ると、少し離れたところの一人がけテーブルには……GOTHくんの姿があった。

 あたしから声をかけてもらう目的でいるのか確かめるため、ためしに、座席をいつもとは違う場所に移してみたところ。彼はやはり、近くまで移動してきていた。

 見開かれている単行本も、ゴールデンウィーク中に読み終えていそうなものなのに、『GOTH』というタイトルのまま、というかむしろ、ページが戻ってさえいる。右手人差し指にはコウモリリングがしっかりめられてあるし、もううたが余地よちはない。

 〝ギルマ〟のアカウントは、『ひつぎのアリス』とタマコにつづき、ブロックリストに加えていた。それであたしは彼に、全面的な拒絶、を示したつもりでいたのだけれど、気づいていないのだろうか。出品者検索で、あたしのアカウントがひっかからなくなっていれば、ブロックされたとわかるはずなのに……。

 気を引くために使うあたしの所持物は入手済みなので、目的は果たしたしてもう利用していないのかもしれない。


「かるく校内ストーカー化しちゃってんね、GOTHくん」

 と、ガチ包帯少女と化しているタマコが、左手に握ったスプーンでハンバーグを口に運ぶ。利き手の右手がギプスで固定され、はしが使えないため、好物の辛味噌ねぎラーメンを食べることができず、代わりに、ランチ定食を注文していた。

「また呼び寄せたりしたら、左腕を、あたしが折るから」

「えぇ~、トイレのとき困るぅ~。メイがふいてくれる?」

「……折るのは足にする。てか、マジでやめてよ」

「はいはい。メイを本気で怒らせるとマジで恐いからもうしません」

 GOTHくんの対処は保留することにした。

 あなたに興味はない、とあたしからキッパリ言ってやろうかとも考えたのだけど、相手は話しかけられるのを待っているだけに、お断りを告げるためとはいえ、あたしのほうから話しかけるのはどうもしゃくだった。とりあえず、このまま無視でいく。すこしてば、あきらめ、視界から完全に外れてくれることだろう。

 ということで、あたしは話題をサラっと変える。


「お兄さんにバレちゃってさ、売上金とかどうなったの?」

「……全没収」と、タマコがほほをふくらませた。「物置きの物を売ってたことも家族にバレて、こっぴどくしかられて、出品中のやつは全削除」

 まあそれは因果応報のむくいで自明じめいなこととして、きたいのは、

「売上金を持っていかれて、売り物も無くなっちゃったわりには、一番高いランチ定食なんか注文しちゃってさ、なんか羽振はぶりがいいんじゃない?」

「メイちゃん、いいところに気づきましたね」

 不敵ふてきに笑ったタマコが、これを見てちょうだい、とスマホをかざしてくる。

「……うっ……あんた、なにキモい格好で自撮りなんかしてんの?」

 画面に表示されていた画像は、タマコが、スマホをスタンドミラーに向け、自分を撮影した写真だった。

 そのキモい立ち格好というのが、裸の上半身にギプスを包帯で吊った状態で、ブラジャーやTシャツを輪投わなげのように首元にまとわりつかせ、右肩からブラウスが落ちそうになってかけられている状態。下は、スウェットズボンで、脱ぎかけなのか、上げかけなのか、ウエスト部分がまたの近くにあった。

「服を着れず悪戦苦闘してるところを記念にパシャってみたところ」

「そんなところ記念に残すな。腕を吊ってたら着れないの当たり前でしょ?」

「それに気づいたのはあとから」

「すぐ気づけ……」

「この写真を見た瞬間、ウチがひらめいたのは別なこと!」

 話の流れからして、ろくなひらめきでないと予想がつく。

「もしかしてだけど……自撮り写真を売り物にする案とか言うんじゃないの?」

「ピンポ~ン♪」

「…………」

「このひらめきは、兄貴のアイドル生写真を売っぱらっていたおかげでもあるね」


 タマコは思い至ってしまったそうだ。

 アイドルじゃないにしろ、同年代の若い女の子なわけだから、無名でも、現役女子高生というステータスに物を言わせれば、そこそこの値段で売れるかもしれない、と。

 勝算があると1ミリでも思える突飛とっぴなプラス思考が、ある意味すごい。

 包帯×眼帯という冗談みたいな現状も、撮影にかせる、える。右腕にはプレートとボルトが埋め込まれてある病院仕込みの本格仕様なので、クオリティは半端ない。

 中学時代のセーラー服をひっぱり出して、悪戦苦闘の末に着用すれば、アニメヒロインのコスプレをしているかのよう。もちろん制服のデザインはまったく異なるが、本物の学生服なので、生々しさが全快である。

 すぐに、スタンドミラーを使ったり、自撮り棒を持ち出したり、セフルタイマーを駆使してみたりと、何枚か試し撮りをおこなった。

 それから最寄もよりのコンビニへと向かい、写真をプリントアウト。コンビニ印刷を用いたのは、裏面にメーカーロゴが入って、生写真っぽさが出るからだという。

 出来上がった現物を手にとって、タマコは確信した。


「人気がいまいちのアイドルよりは高く売れる!」

「……と、思えるあんたの思考回路はどっか断線してる」

「チッチッチッ。ウチが今、お高いランチ定食を食べていて、この話をメイにしているということはだよ。すでに結果が出ていると、思いませんか?」

 そうだった。資金源をたれたのに、羽振りのいいことを問いかけ、そこからたんはっしていた話。

「売れちゃったってこと?、ごく普通の馬鹿な女子高生の生写真モドキが?」

「5枚1セットで、二千円!」

「……嘘でしょ?」

 生写真の相場など知らないけど、どう考えても高いだろう。

「アイドルが公式で売ってるやつの倍近いお値段! すごくない?」

 驚愕だった。証拠として〝ギルマ〟の販売履歴を見せられ、自撮りプリント写真を売りさばいている話が事実ということにまず驚き。おおぎのように並べ置かれた写真の画像には、たしかに『2,000円』の値が付けられていて、なおかつ『SOLD OUT』のポップまでもが踊っている。それも一つ二つではないのだ。

「最初はもっと安くしようかと思ったんだけどさ、コンビニプリントが1枚80円とかで、5枚だと400円するっしょ? で、送料も180円。それに仲介手数料も引かれることになるから、値下げも見越してテキトーに二千円くらいでいいか、って数セットみつくろって売りに出したら。なんと、ほぼほぼ即日完売の奇跡」

 鼻高々のタマコは、頼んでもいないのに、成功の要因をとくとくと語りだした。


 まず、プロフィールの自己紹介を、あたしがヘマをしていたときのように現役学生を匂わせる文章に変更。というより、女子高生と明記。

 つたない自撮り写真は、自室撮影で、生活感も垣間見かいまみえ、プロによるロケーション撮影のアイドル生写真には到底出しえないだろう、出す気もないであろう、生々しさが溢れ出ている。

 商品画像のタマコの顔には、サンプル処理として黒線で目隠しがほどこされ、それがちょっぴりイケナイ雰囲気をかもし、黒線のない素顔を見てみたいという願望も植えつけることができる。

 レア度を感じさせ、高めるような工夫もいろいろ行っていたようだ。

 生写真モドキのブロマイドは、その一枚一枚が再印刷も再販もしない、一品物にした。あなたの手に届く現品限りで、売り切れ御免ごめん、という作戦。希望者には、直筆サインや日付け、好きな言葉などを記入してあげるサービスも取り入れた。

 誰がサインなんて欲しがるのかと思いきや、購入者の全員が希望したのだという。

 あたしには理解不能だ。保証書代わりだろうか……。


「リピーターの顧客こきゃく限定で、割り増し料金のオーダー注文ができるようにも効いてるかな。服装やポーズ指定可能、みたいな。しばらくは眼帯と包帯がデフォになるんだけどさ。オーダー専用ページを買ってもらってから、クローズドでコメントのやり取りするときに、次は包帯無しでとか言ってこられるのが、ちょい、悩み。コスプレだと思われちゃって、信じてくんないの」

 ……でしょうね。

「片目が隠れてるにしても、素顔をさらしてるのはマズいんじゃない?」

「それはご心配なく。黒線外した写真はこんなだから」

 と、タマコが元画像の一つを見せて来る。

 あたしは目の前の本人とスマホ画面を見比べ、こくこくとうなずいた。

 化粧×加工の劇的変身イリュージョンのおかげで、君なんか写真と違わない?レベルにはきっちりと別人に編集されている。街中ですれ違ったとしても気づかないだろう。すくなくとも顔認証システムは確実に通らない。

「顔だけじゃなくて、ちゃっかりものして胸までってるでしょ、これ」

「包帯が下がっててもそこに気づいちゃうとは…………変態か貴様!?」

「黙れ貧乳。あたしより大きくなってるんだから気づかないほうがおかしいの」

 あたしは会話を切り、大きなぶどうパンをかじる。

 タマコは、「どうせウチはナイチチですよ。ナイチチゲールですよ……」とよくわからないことをブーブー言いながらオムライスをんでいく。

 彼女を眺めながら、道徳心のない人間は歯止めがきかないから恐いな、と思った。収入資源確保のためとはいえ、自分の写真をブロマイドにして売り出すとは、およそまともじゃない。


 ランチ定食にがっついているタマコが、こちらを見てニヤけると、あたしが食べている大きなぶどうパンをスプーンで指してきた。

「メイも、やせ我慢してないで、販売を再開すればいいのに。停止してからは昼飯のグレードがあきらかに下がってるよね。ウチの推理によると、紙パックジュースに菓子パンひとつのわびしいお食事になってるのは、昼飯代を〝ギルマ〟でのお買い物にあてるため」

 あたしはぶっきらぼうに返す。「あんたには関係ない」

「てっきり、ゴールデンウィーク中にはお金欲しさに再開していると踏んでたんだけどなぁ~」

「もう売らないって決めたから」

「さてさて、いつまでつかなぁ~。――」と、タマコが突然顔を真横に向け、「ねぇ、どう思う? そこの一人がけテーブルに座って『GOTH』っていう本を読んでる同じクラスの男子~」


 やったな……こいつ。


 ガガガッ


 待ってましたとばかりに椅子が引かれる音が聞こえた瞬間、あたしは脇目も振らず、タマコの白い右腕をわしづかみにする。

「アルエェェェエエエエェェェっ!?」

 変な絶叫を上げる彼女をひっぱり、その場から逃走したのだった。

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