第14話 無透明包帯少女


 退屈なゴールデンウィークがあけて、初の登校日。


 あたしは教室に入った瞬間、顔をしかめた。

 を開けるまえ、室内がいつもより静かだな、と思っていたけれど、開けたとたんにその理由が視界に飛び込んできていた。

 登校してきていたクラスメイトたちは、終わってしまった大型連休を名残惜しんでいたのではない。教室内にいる〝異物〟を、みんなが不審そうな顔つきで、遠巻きに眺めていたのだ。

 注目の的になっている異物のもとへ歩いていき、話しかける。

「ねぇ、タマコ、あんたその格好はなんなの……?」

「べつに」

 ぽつりと一言だけ、普段の馬鹿調子からは想像もできないほどはかなげなトーンでつぶやき返してきた彼女は、包帯まみれだった。

 左腕はひじの下から手首まで、包帯でぐるぐる巻き。右腕は、あきらかに派手に折れてますね、という感じで、首からおなかのところに吊り下げられ、ギプスで固定されている。

 衣替ころもがえまえなのに半袖ブラウスを着用しているから、まるわかりだ。

 ついでに、右目は眼帯で完全におおわれ、ひたいまでもが包帯につつみ隠されてある。

 髪型がショートヘアということもあり、その姿はまるで、アニメを見ないあたしでも知っているくらいの、有名なアニメに出てくる寡黙かもくなヒロインのよう。

みょうなコスプレは今すぐやめて。みんなジロジロ見てるから」

 見ているだけで一向に話しかけてこないことからわかるように、タマコはクラスメイトから敬遠けいえんされ、浮いた存在。

 ただでさえ、こいつヤバいやつだな、と思われているのに、フルスロットルで拍車はくしゃがかかる。タマコと幼馴染という理由から、同様にけられているあたしの株価も、地の底をつっきってに暴落してしまう。

 頬杖ほおづえをしているタマコの左目が、きょろっ、と動き、あたしを見上げてくる。

「コスプレじゃないの。本当にケガをしているの」

 嘘つけ。

 こいつには中学時代、みんなにウケそうという理由で、あたしの部屋から勝手に持ち出したゴシックドレスを着て登校し、盛大にスベった前科がある。

「高校でやったら中学以上の悪夢を見るって、なぜ学ばない……」

「ううん。そうじゃない」

 と、タマコは上げていた視線を伏し目がちにして続けた。

「シンジくんに、バレてしまったのよ……」

「シンジくん……って」アニメの主人公の名前かと思ったが、「もしかして、タマコのお兄さん? 名前、たしかシンジだったよね?」

「そう。猫渕シンジ」

「バレたのは、〝ギルマ〟でアイドルグッズを勝手に売っていたこと?」


 小さくうなづいたタマコが、事のあらましを延々と語り始める。


「ゴールデンウィーク初日、

 シンジくんの部屋から『アスカの生写真が無い!』って聞こえてきたかと思うと、私の部屋にドタバタ足音が近づいて、『サイトウアスカをパクったのはお前だな!』って踏み込まれてしまったの。

 そのときたまたま、2号機パイロットの人と同じ下の名前を持つアイドルのレアフォトを、プチプチの透明なLCLに包んでエントリー作業中だったから、言い逃れは不可能だったわ。

 なにせ〝センター〟を茶封筒に入れてロックしようとしているところ目撃されてしまったのだから。

 そうして私は、怒りシンジくんから、ポカポカ殴られることになったの。

 体をポカポカ、頭もポカポカ。とにかくポカポカ。

 アスカちゃんはたぶんまだ3人目だから許して、お願いだからポカポカしないで、もうポカポカはたくさん!、と六畳一間の中心でアイを叫んで訴えたのに、それでもずっとポカポカポカポカ……。

 やがて意識が遠のいて、目を覚ましたときには、知らない天井」


 簡潔かんけつにまとめれば、お兄さんがブチ切れ、タマコを病院送りにしたという話。


「信じられないでしょ?、シンジだけに」

 と、寡黙な少女キャラのままつまらないギャグを飛ばしてくる。

「私は今年のゴールデンウィークの大半を、病院のベッドの上で、ずっと白い天井を見上げながら、新型コロナヴァイラスCOVID-19の院内感染におびえつつ、過ごすことになったのよ……。こんなとき、どんな顔をしたらいいか、わからないわ」

「叫べばいんじゃない?」

 ギプスで固定されている右腕を、あたしがデコピンでおもいっきりはじくと、

「アルエェェェエエエエェェェっ!?」

 と痛みに絶叫し、ようやくタマコはいつもの調子に戻った。

「どうやら病院送りっていうのは、嘘じゃなさそうね」

「だから、ほんとだって言ってるっしょ!? 折れてるんですぅ! 暴走した兄貴に15年ぶりの使徒しとよろしく腕をへし折られたんですぅっ!」

 タマコがに戻り、熱視線ねっしせんをよこしていたクラスメイトたちも各々のグループ会話に戻っていく。「猫渕んチって兄貴もヤバいやつなんだな……」という声がボソボソと聞こえてきて、結果、どう転んだところでうとまれることに変わりないのだなと思い、げんなりした。

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