第13話 お金がないっ!

「……残高が、無い」

 部屋のベッドにそべったあたしは、〝ギルマ〟の売上管理画面を眺めていた。

 中学時代の黒々しい過去の遺物いぶつたちは、数千円の収益しゅうえきに変わってくれた。しかし現在スマホに表示されている売上残高は、たったの『42円』ぽっち。

 べつに売上データが消し飛んでしまったわけではない。

 あたしが自分でパーっと使ってしまったせいである。

 売上はすべて、換金かんきんせずに〝ギルマ〟での購入資金にあてていたのだ。

 当初は現金化してお小遣いの足しにしようと思っていたのだけど、アプリを開けば、他人の商品が必然的に目に入ってくる。おすすめ機能は、閲覧履歴などから利用者の好みを学習し、ページを開けば開くほど、あたしが気に入りそうな品々を提示してくるようになる。

 そうするとやっぱり欲しい物が出てきて、ついつい手が伸びてしまう。

 通販サイトやリサイクルショップよりも、比較的安い値段で買えるというのも、ポチリがちになりやすい原因だった。不用品の処分目的で出品する人が多いのか、価格設定があまいものも、けっこう目につく。なかには、適正価格をよく調べればプレミアが付いていて万単位で売れそうなものが、最低価格の300円で投げ売りされていたりするのだ。

 フリーマーケットということで、一般的の買い物ではなかなかできない値下げ交渉ができ、人によってはかなり割り引いてくれるのも強み。あたしも『値下げ交渉不可』になっていない限りは、値切り買いが基本になっていた。想定より安く買えたときにはとてもハッピーな気分になり、やめられませんな~、となってしまう。

 もともと安く値をつけられた商品の出品者が、ひんぱんに値下げをおこなっている人だったので、あとちょっと下がったら買おうと思ってファボっておいたのだけど、それがいつの間にか『SOLD OUT』になっていたときには、くやしくなり、同じものが同等の価格で売り出されていないか調べ出す。すると、リサーチ中に別なものが叩き売られているのを見かけ、購入画面に進んでしまったりもする。

 そんなこんなで、残高が『42円』というわけである。


「販売をやめたって、メイはすぐに、販売をやめたことをやめたくなるよぉ~」

 と、くどい言い回しでタマコから宣告せんこくされたことを思い出す。

 すでにそうなりかけていた。

 ゴールデンウィークに入っていても、ウイルス蔓延まんえん防止措置とかいうやつのおかげで、暇で暇で死にそうになるほど暇。気づけば手にスマホを握り、〝ギルマ〟を開いてボーっと眺めている。そして、欲しい物を見つけても、ファボっている商品がどんどん値下げされていっても、手が出せないもどかしさに歯噛はがみしている状況。

「再出品しよっかな」

 つぶやき、取り下げていた商品の下書きページを開く。

 出品確定ボタンをタップしそうになったところで、

「……ハ! いけない、いけない」

 と、我に返り、手をひっこめた。

 変態へ所持品をくれてやるような愚行ぐこうは、もうやめると胸にちかったのだ。

 現役学生と判断される恐れのある記述を削除してからは、売りに出しても買い手がなかなか付かないことも判明している。売れる頃には、大幅な値下げをおこなったあとになり、手元に入るのは微々びびたるもの。それに、あつかっているのが少女向けの服である以上、ふたたび変なやつに買われないという保証はない。

「バイトはめんどいし、」

 そもそも高校からも両親からも禁止令が出されていた。

 とくに母からは、「ここは田舎なんだからね。感染者が出たらす~ぐ特定されちゃうの。お父さんが役場の窓口で、『コロナで娘にバイトさせでだクソ親ってのは、おんめぇがぁ!? スんですまえ!』って、とち狂った爺さんに罵倒ばとうされながら刃物で一突ひとつきにされちゃってもいいの?」と、とてもわかりやすく釘を刺されている。

「お金が欲しいよぉ~……」

 なげききながら、バフっと、枕に顔を押し付けた。

 ピコンっ♪

 通知が入り、顔を横向け、スマホを見る。

「あっ。ファボってた白猫と黒猫のペアチャームが売れちゃった……」

 このくそがっ!

 と、あたしは寝返りざまにスマホを放り捨てたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る