第12話 窓際のGOTHくんの意図

「GOTHくんは物静かで内気っぽいし、好きな人がいても、自分からは話しかけられないぶきっちょ。それで、メイから逆に話しかけてもらえるようにと願い、その口実をつくるため、前前前世から探し求めていたコウモリングを見つけ、買っていたということですよぉ~。まさに今このときも、学食の窓際テーブルにぽつんと座って、コウモリングのはまる手で、〝ギルマ〟のニックネームと同じタイトルの単行本を開き、どうか気づいてくれよ!、とスタンバっているわけですよぉ~」


「長ったらしい解説をどうもありがとう……」

 思い返せば、学校にいる間、GOTHくんが視界のはしっこに、ちらちら映り込むことが、増えていたような気がする。

 彼がコウモリリングを付け始めていた期間は依然として判然としなかったものの、ここ何日かの昼休みの学食で、そういえば居たなぁ……くらいの感じには、姿を見かけていたことギリギリ思い出せた。

「ここのところ、飯を食うわけでもないのに学食来て、本広げてたのはそういうわけってことねぇ~」と、タマコのほうがあたしよりも鮮明に記憶していたようだ。「でも、にぶちんのメイがぜんぜん声をかけてくれる気配がないから、ついに、さっき、勇気をふりしぼって、みずから行動を起こしてみましたってことっしょ」

「えっ……じゃあ、マスクつけろって注意してきたのは、指にめているコウモリリングを見せつけるためのアピールだったってこと?」

「言わずもがなじゃないですかぁ~」

「だとしたらさ、」

「だとしたら?」

「相当キモいんですけど」


 〝ギルマ〟での出品物を男ばかりに買われて嫌気がさしていたところに追い打ちかけられた気分だった。

 GOTHくんに注意される前、タマコにしぶしぶ付き合ってあげていた、購入者が目の前に現れるというホラーな茶番劇が、その場で形を変えて現実化してしまった感じだ。

 盗み聞きした〝ギルマ〟のニックネームで、出品者検索を行い、あたしが売っていたものの中から、男の彼でも身に付けられそうなものを選び、こっそり買って、そののち、偶然をよそおい、あたしに気づかせ、声をかけさせようとしていた……。

 うわぁ、薄気味うすきみ悪い。

 あたしは急激にかわいてしまったのどを、紙パックのピーチティーをストローで吸い上げてうるおす。

 GOTHくんは、ドラマチックだと思ったのだろうか。

 ネットで売ったものを、名前もまだ覚えていないよくわからない同級生の男なんかに所持されていて、どこの誰が、『すごい偶然!』とかいって喜ぶのだろう。

 フィクションと現実の区別がついてないという人間は、きっとこういうやつのことを言うんだ。


「さあ、メイ、話しかけてくるんだ!」

 ひとみをらんらんと輝かせるタマコに向かって、あやうく茶をきそうになった。

「……何バカなこと言ってんの?」

はつカレをつくる絶好の機会っしょ!?」

「あんなのは願い下げ!」

「話しかけたときにどんな反応するか見~た~い~のぉ~」

 それが本心だな……。他人事だと思ってからに……。

「ぜったいにイヤ」

「あっそう。ならこうしちゃうもんね」と、タマコは突然立ち上がり、窓際に向かって手招きをした。「おーい、そこで本を読んでるクラスの男子。ちょっとこっち来て。なんか、メイが話あるんだってぇ~」


 このやろう……死ねばいいのに。


 ガガガッ


 背中側から不意に聞こえた椅子を引く音に、あたしが「ひっ!?」となって振り返ってみれば、GOTHくんがテーブル席から立ち上がったところだった。

 こちらに体を向けた彼が、一歩踏み出す。

 マスク未着用を注意しに来たときには携えていなかった単行本を、今度はなぜか持っている。しかも、本を持つ右手は体の脇に下げられているのではなく、まるで『GOTH』というタイトルを見せつけるかのように、胸の前にかざしているのだ。

 不織布マスクで表情がうかがえないが、さらさらの前髪の下にある目は、笑みを浮かべた具合に、細められてあるように見えた。 

 あたしはタマコのブレザーのそでをひっつかまえる。

「逃げるよ!」

「えぇっ、なんでぇ!?」

「うっさい!」

「あぁ~、まだ食べきってないのにぃ~……」

 伸び切った辛味噌ねぎラーメンに未練みれんを残して引き返そうとするタマコの首根っこをつかみながら、学食の出口へむりやり引きずり向かっていく。

 ちょうど5時間目開始の予鈴よれいが鳴ったところで、あたしはテーブル席を見返った。

「悪いんだけど、テーブルかたしといて! じゃ!」

 立ち止まって呆気あっけにとられたようにこちらを見ていたGOTHくんが、本を手にしている腕を下げ、テーブルに顔を向けたのを最後に、あたしたちは廊下ろうかへ飛び出していたのだった。

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