第11話 疑惑のコウモリング

 学食のテーブルに座り直したそうそう、タマコが身を乗り出すようにしてくる。

「嫌ですわねぇ、奥さん。あれが世に言う〝マスク警察〟ってやつですよ。ああいう真面目ぶってる正義の味方きどりが、火のないところに煙りを立ててまわる放火マンなんですわ。今のおわかりでして? 『マン』っていうのは放火魔の『魔』にかけてあって――」

「いいから黙れ!」と小声でしかり、タマコの首筋にチョップを食らわす。「あんたのひそひそ話は声がデカいの。聞こえちゃうでしょ? それに、さっきのはマスクうんぬんじゃなくて、さわいでたあたしらが悪いんだから」

「つーか、本読むなら教室で読んでろってぇーの」

「……タマコからは今、彼の姿がばっちり見えてるんだよね?」

「そうだけど?」

 マスクボーイが向かった窓際のテーブルは、あたしの背後にあるので、完全な死角になっている。あたしは、タマコにも見てほしい物があって、「彼のことジロジロ見たりしないでよ」と前置きをしてから告げた。

「右手人差し指に、黒い指輪ゆびわしてるでしょ? 見える?」

「お~、ほんとだ。見える見える。なんだろうあの形……コウモリ? ダークナイトでもしてんのかねぇー? 顔に似合わず中二病ってるリングしてるなぁ。っていっても、始業式からずっとマスクで、未だにどんな顔か見たことないけど」

「……あのコウモリリングさ、あたしが〝ギルマ〟で売ったのとすっかり同じやつなんだけど」

「えっ、マジっすか!?」

「だから声がでかい! 立って見るな!」 と、タマコの腕をひっぱりって席に戻しながら、耳打ちをする。「さっき、マスクつけろ、みたいなこと言って自分の白い不織布マスクを指でさしてたでしょ? それで偶然目に留まって気づいたんだけどさ……あいつ、前からあのコウモリリング、付けてたっけ?」

「メイが言いたいのは、あいつが今つけてるコウモリングが、メイが〝ギルマ〟で売っぱらったやつ、まさにその物。つまり、リングサイズが男のあいつと女のメイとで、まったくいっしょだということ?」

「……後半はいらない」

「さすがにネットで売った物の買い手が、クラスメイトだったっていうのは偶然にしても無いっしょ。ウチの頭脳がはじき出した確率によると、0.000000001%も無いね」

 あたしもそう思いたかった。

「けどさ……あのマスクボーイ、あたしが〝ギルマ〟に会員登録してネイルチップをポイント購入したとき、教室にいたんだよ。うるさそうにこっち見てたし、ってことは、会話してるの聞こえてたってことなんじゃない? あたしが『ニックネームは〝ものとん〟でいっか』とか言ってたのも」

「おっと、たった今、確率が60%くらいに跳ねました」

「売れた商品がまだ十個ちょいだし、小物で売れてたのはあのコウモリリングだけだから、包装の封筒サイズとかの違いもあって、よく覚えてるんだけど。匿名配送で表示されてたラベルの送り先が、あたしらの住んでる、県内だった、って言ったら……?」

「45%!」

「なぜ下がる……」


 あたしはスマホを取り出して、コウモリリングの販売履歴を開いた。

 購入者のニックネームは〝GOTH〟。

 アイコンはデフォルト。プロフィールの文章は空欄になっており、出品は無し。購入が1件、あたしから買ったコウモリリングのみ。そのため、先日、購入者の性別チェックを行ったとき、検証データが不十分として、ただ一人だけ性別不明に割り当てていた人物だ。

「ニックネームがゴスって言った?」と、タマコが訊いてくる。「ローマ字で、ジー・オー・ティー・えっち♥、って書いて、GOTH?」

「そうだけど、なんで?」Hの発音についてはツッコんでやらない。

「だったら、400%だね」

「はあ?」

「今なら大丈夫だから、ちょこぉ~と、うしろ見てみ」

 あたしは体をよじって後方を振り返えり、

「げぇっ!?」

 思わず、大きな声を口からこぼした。

 窓際のテーブル席に、右半身が見える格好かっこうで、マスクボーイが座っている。テーブルの上に両ひじを立て、小説と思しき単行本を読んでいた。見開いている角度がおあさいため、コウモリリングの右手側でおさえられている表紙が、こちら側に向けられてある。そして真っ黒いシンプルなカバーには、白い字で横に大きく、『GOTH』という題字だいじが書かれてあったのだ。

 声を出してしまったことで、彼がこちらを振り向く気配があり、よじっていた体を速やかに正面へ向き直す。

 タマコは片手で顔を覆うようにしてクスクス笑っていた。

「ぷふっ。くふふっ。ここに至ると、もう露骨すぎるアピール」

 言いたいことはなんとなくわかったけど、あたしは訊いた。「何がぁ?」


「マスクボーイあらためまして、GOTHくんの狙いはこう。

 ――ある日のお昼休み、メイちゃんは、読書をしているGOTHくんの指に目が留まりました。彼の指に嵌っていたコウモリリングが、なんと偶然にも自分が持っていた物と同じだったのです。メイちゃんはフィクション的な約束事のように、名前も知らないどうでもいいようなクラスメイトの男子に向かって、不自然にも言葉を投げかけました。

『あっ、それあたしも買ったことあるやつだ。どこで買ったの?』

『最近ネットのフリマで買ったんだ』と、GOTHくんはあらかじめ考えていた台詞を返します。『〝ギルマ〟ってアプリで』

『そうなの? あたしも使ってるよ。そんでそれと同じリング、実はこの前〝ギルマ〟で売っちゃったんだけど……』

 そこまで口にしたところで、メイちゃんは、GOTHくんが読んでいた単行本のタイトルに目を移し、ハッと気づきました。

『〝GOTH〟ってもしかして、ニックネームにしてたりしない?』

『……してるけど、どうしてそれを?』

『やっぱり! あたしからリング買ったのってキミなんだ!』

『えっ!? じゃあ、〝ものとん〟さんって、血原さんだったの!?』

『あたしたち!』

『ぼくたち!』

『『すごい偶然!』』 

 で、ここらへんでRADWIMPSが校内放送で流れ出す」


「流れてたまるかボケ……」

 と、あたしは溜め息まじりにツッコんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る