第10話 君の街まで……
あたしが〝ギルマ〟で出品していた商品は、
たいがいは数百円程度でしか売れていない。それはしかたないないのだけど、数百円と引き換えに、やばい
「……で、いったん出品をとりやめることにしたというわけです」
「なるほどぉ。メイの販売物をウチが見れなくなってたのはブロックされてたということか。ひどいなぁ~、ベストフレンドを全力で拒否ってしまうなんて」
「話聞いてた? そこは全然どうでもいいところ。あたしの服が変な男にばっか買われてたってところが重要」
あたしとタマコは学食のテーブルに付いていた。
ウイルス感染の予防対策とかいって、四人がけのテーブルも今は、二人がけ専用となり、
タマコが、好物の
「自分が匿名であるとき、相手もまた匿名なのだ」
「……なに突然言い出してるの?」
「匿名配送をやめてみればいいじゃんってこと」
「住所と名前が取引相手に知られちゃうでしょ……?」
「と思って、買い手の男に自重させるのが狙い」
「自重しなかったら……?」
「『売ってる女の子の住所と名前までわかっちゃった。やりぃ~♪』」
「それじゃあ余計最悪だろっ!」
あたしが脳天にツッコミを入れ、タマコが、ぶっ、と、ねぎを吐き出す。
ネットの地図マップサイトに住所を打ち込めば、その場所にピンポイントで針が突き刺さり、ルート案内まで音声解説付きで懇切丁寧に教えてくれる世の中である。
取引相手が
時期が時期だけにこういうことも起きそうだよねぇ~、とタマコが
「『ゴールデンウィークっつったって、また非常事態宣言とかで行くと無くて暇だなぁ~。……ああっ、そうだ。この前〝ギルマ〟で買ったゴスロリ服の持ち主のつらでも
キモ怖いことをやり出したタマコが、席を立ち、近くにある丸い
「『ストリートビューとまったく同じ。あの家だ! あそこにメイちゃんが住んでいるのか。どんな子だろう。家から出てきてくれな――……ん? 玄関から誰か出てきたぞ! おっ、高校生くらいの女子だ! 白シャツ、ダークグレーのロングカーディガン、真っ黒いパンツルック。ミディアムツインテールの髪を留めているのは黒リボン。未だにゴスの
「……それ、ようするに、可愛いってことでいいんだよね? とにかくウザいからやめて」
あたしが
「『あのう……チハラメイちゃんですよね? 千原ジュニアの〝
どっちも同じだろ。っていうか、まだ続けるんかい……。あと、あたしの名字は〝
タマコがこうなると気が済むまでやめないので、あたしはしぶしぶ付き合ってあげることにした。
「誰だよおっさん。とりあえず通報されたいの?」
「『ちょっ、ちょ待~て~よ、俺だよ俺!』」
「だから誰だよ……」
「『猫渕タマオでございます。うふふふふ』」
「知らねーし。一字違いの馬鹿で間抜けな幼馴染なら知ってるけど」
「『知らないわけないだろう!? 俺はね、〝ギルマ〟で君の黒歴史ゴスロリスカートを買って上げていた、あのタマオ様なんだぞ!』」
「うげっ……こんなキモデブのおっさんだったのかよ」
「『メイちゃんから貰ったスカート、毎日起きるときと寝るときに、くんかくんかしてあげてるよ。ふひひっ』」
「キモいんだけど。はやくどっかいけよ。そしてマジ死ね」
「『あっ、その手に
くだらない茶番劇に付き合ってあげながら、あたしは思った。
購入者が押しかけてくるホラーじみたことが起こる可能性は、限りなく低いだろう。けど、ネットを
「もう終わりにしてくんない? 自分にほとほとうんざりするから……」
「『なんだと、ぽてぽてのキモデブ夫には売らないだって!? いいのかなぁ? 俺の購入をキャンセルすれば、血原メイちゃんは男性差別主義のレイシストです!、って評価コメント書いちゃうゾぉ~?』」
「あんたさ、よくそんな気色悪いことぽんぽん思いつくよねぇ……。漂白剤使って自分の脳味噌きれいに洗ったほういいよ、百回くらい」
「『えっ、なんだって? お願いだから低評価だけはやめて!、かわりにあたしの
妖怪まがいのババアみたいな顔になったタマコが抱きついてきて、
「誰が売るかボケ!」
あたしがタコ殴りにして応戦していたときだった。
「すいません、ちょっと静かにしてもらえませんか?」
急に割って入ってきた声で振り返れば、いつの間にかテーブル脇に立っていたのは、同じクラスの、窓際の席の物静かなマスクボーイ。
タマコから〝ギルマ〟の友達招待をしつこく勧誘されていたときに、うるさくしていたあたしたちを、とても不快そうな目つきで見てくれていた男子である。
今も同様の眼差しをしている彼は、その視線を上げて学食内を見渡すようにする。
「みんな、迷惑そうにしてますよ」
他のテーブルに着いていた学生の何人かが、こっちを見返ってこそこそ話をしていた。……少々
すると彼が、自分の口を覆っている白い
「会話をするときはマスク着用で、静かに」
「あっ、ごめ――」と言葉を切り、あたしは
学食のみんなは単にうるさくしていたことを迷惑そうにしていた感じだったけれど、このマスクボーイは、マスク未着用でのおしゃべりのほうが気になっていたようである。「ごめん、ごめん」
あたしがふたたび謝ると、マスクボーイは満足したのか、窓際にある一人用のテーブル席へ、無言のまま戻っていった。
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