第5話 残高マイナス

 ひつぎのアリスちゃんとの初販売取り引きが完了したあと、あたしは憤慨ふんがいしていた。


「タマコ! ちょっとコレ見て!」

 と、彼女のブレザーの首根くびねっこをつかまえ、売上金の管理画面を突きつけた。

「なに慌てて……ん? マイナス? 売上金額が『マイナス35円』ってなってない?」

「なってるの! なんか送料が700円も引かれたの!」

 あたしが黒歴史Tシャツの販売価格に設定していた金額は、700円だった。本来なら、そこから〝ギルマ〟仲介ちゅうかい手数料の5%分の35円が差し引かれ、665円となり。そしてさらに送料の『180円』が引かれた485円が手元に入るはずだった。……それなのに、送料がなぜか『700円』も取られている。665-700=-35円、の赤字になっているのだ。

「マイナス表示とか初めてみたんだけど! ウケる! スクショって送って!」

「笑うなボケ!」サイズオーバーすると、その分の送料が自動的に上乗うわのせされてしまうことは知っていた。だから、「あつさはしっかり確認してたんだよ? ……ほんとなんでなの」

「Tシャツだけってことは、重さでは超過しないだろうから、きっと長さだ。A4サイズの封筒よりも大きくなってたのでは?」

 タマコの指摘でハッとなった。Tシャツは、蜘蛛くもに捕らえられたちょうがフロントにどでかくデザインされていたもので、しわにならないようにと、小さく折りたたまず、店頭で売られているようにフロントを見せるように畳んでいた。ロングたけというのもあだになっていたのだろう。厚さばかり気にしていて、長さ規定を失念してしまっていたのだ。

「A4封筒を買っておけば良かったのにぃ。メイが紙袋で十分っていうからさー」

 たしかに、買っておけば簡単に予防できたことだった。

 でも、あとの祭り。

 文字通りに肩を落として溜め息をつく。

「……あたしは35円払って、棺のアリスちゃんにTシャツをプレゼントしました、ってこと? なにそれ……馬鹿みたいじゃん」

「そうだよ、馬鹿だよっ♪ 馬鹿だなぁ~♪」

「ふんすッ!」

 ゲシっ!

「痛ったァーッ!? すねはダメだろ、脛は!?」

 35円を代償だいしょうにして、リサイクルショップに持ち込むのも嫌で遠ざけられなかった黒歴史を、処分できたと考えれば、安いものである――そう割り切ることにした。

 初回の失敗は、次回からのいましめ。

 消し去ってしまいたい暗黒時代の遺物いぶつは、クローゼット奥深くに、まだまだ封印されたままになっているのだ。せっかく見つけた供養くよう処分地を、放棄ほうきしてしまうのはもったいない。〝ギルマ〟運営から「不足金を払うように」と催促さいそくされてしまっている35円についても、はやいところ回収したかった。


「ところでさ、」

 と、あたしは、脛を抱えて地べたに倒れたままになっているタマコに視線を落とし、話題を変える。

「発送手続きが、めんどくさくない? 聞いてた話と違ったんだけど」

 タマコから聞いていた話では、QRコードを読み取らせで出てくるラベルシールを一枚貼るだけで済むはずだった。しかし、コンビニのメディアステーションから出てきたのは一枚のレシート。それをレジに持っていき、店員から渡された袋シールを貼り付け、さらに、プリントアウトされた宛名用紙を自分で何枚かに切り分けて袋に入れるというもので、それなりに手間がかかったのだ。

「店員のおっちゃんは手伝ってくれないし、レジでやらされるから後ろに人が並んでかされるし、あれはちょっと嫌なんだけど。シールを一枚、ぺしっ、て貼るだけって話は嘘だったの?」

「ウチが言ってたのは、郵便局から発送する方法。コンビニはめんどくさいって、説明してなかたっけ?」

 また向こう脛を蹴ってやろうかと思ったけど、確認をおこたっていたあたしに落ち度はある。やはりたよるべきは、うさんくさいギルママスターなどではなく、運営ガイドのほうだ。これも次回からきもめいじよう。

「ガイドくらい見ておかないとダメだよ、メイちゃーん」

 ゲシっ!

「アーーーーーーッ!?」

 やっぱり蹴った。

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