第九章 これでよかったかなんて、分からない 財津利光3
本当は、俺たちは
奈々に対して能力を使った後、利光は一方的に電話を切った。胸の中に暖かななにかが入り込んできたように感じる。ああ、これが奈々の恋心か。無事に【強奪】は成功したんだな、と結論づけた。
ふぅーと軽く背伸びをしてから強く目を閉じる。まだやることが残っている。ここが折り返し地点だ。後は、りんに対して不誠実な態度を取る奏平に注意してやればいい。
きっと奏平には自覚がないのだ。奈々のことも、単純に友達を助けているくらいにしか思っていないのだろう。誰にでも優しい男は、本当に大切な誰かだけを傷つけることになるという典型例だ。それほどまでに純粋な奏平だから、りんは惚れたのだと思う。
奏平への電話がつながる。
「もしもし、奏平?」
努めて平然を心掛けて、第一声を放った。
『ん? どした?』
「今どこにいる?」
『家だけど』
「奈々は?」
『さっきまでお風呂に入ってたけど、今は部屋なんじゃない?』
「つまりそれは覗いたってことか?」
『まさか。利光じゃあるまいし』
「俺だったら覗きなんてせずに、堂々と一緒に入ってみせるね」
『おお。さすが恋愛マスターは言うことが違うなぁ』
「この前、夢佳と別れちまったけどな」
『マジで?』
「マジマジ。んで三人彼女増やした』
『お前いつか呪い殺されるぞ』
もう誰かさんに恋の呪いにかけられてるよ。
とは言えなかったので適当に言葉を返して、そこから三分くらい他愛もない話をした。
『で、結局なんの用だよ?』
「ああ、そういやそうだったな」
急に現実に引き戻されたような気分になる。
ここまで本題を口にできなかったのは、まだ心が無意識に抵抗しているからだろう。
りんのために行動したいのに、奏平に「しっかりとりんの手を握っておけ」なんて言えば自分の恋は成就しなくなるから。
だが、もう後戻りはできない。
退路を断つために、先に奈々の恋心を奪ったのだ。
「実はな、ずっと前から思ってたんだけど」
りんが笑っているのを見ているだけでいいんだ。
りんの笑顔を思い浮かべるだけで幸せになれるんだ。
利光は自分に言い聞かせる。
「俺は奈々を、りんの家に住まわせた方がいいと思うんだ」
ついに言えた。
『は? なんで?』
「お前のとこよりよくね?」
『そんなこともないだろ』
「なんで?」
『だって俺の妹とか、母さんも協力してくれるし』
「りんの家族だって協力するだろ」
『奈々がそうしたいならその方がいいんだろうけど、奈々にはなんの不満もなさそうに見えるよ』
「お前さ、もっとりんの気持ちを考えろよ」
利光の中に怒りが芽生える。
直接言っていないとはいえ、ここまで伝えれば察してもいいんじゃないかと思う。
彼女のりんじゃなく、奈々のことを第一に考えているかのような発言が、どうしても気に食わなかった。
「りんのこと、もっと見てやれよ」
奈々のことが心配なのは分かる。
でも、彼氏ならどんな状況でも彼女のことを一番に考えて欲しい。
そう思うのは、そんなに間違っているだろうか。
『言われなくても、見てるし、考えてるよ』
「考えてないね。だって普通は嫌だろ。言い方は悪いけど、彼氏の家に別の女が住んでるって」
『奈々とりんは友達だろ?』
「だから余計に嫌なんじゃない? 嫌なのに嫌だって言えないから」
『りんがそう言ってたのか?』
突然の指摘に言葉が詰まる。それだけは隠さなければ。絶対に知られてはならない。
「りんの表情とか見てたらなんとなく。これくらい分かるさ」
『へぇ。さすが恋愛マスター』
「お前が鈍感なだけだろ」
『そう、かもしれない。けど……』
奏平はしばらく沈黙を貫いていたが、
『今回ばかりははずれ。りんは嫉妬なんてしないから』
「なんでそんなことが言える? 決めつけるなよ」
『決めつけてない。俺はいつだってりんの意見を尊重している』
「してないね。りんに対してもっと誠実になれよ」
『何人も彼女がいる利光がそれ言うのかよ』
奏平の言葉が強いものになる。
「こんな俺だからこそ分かることもあるtってことだな」
『ふざけたこと言うなよ。ぜんぜん分かってないくせに』
「なんだと!」
『もういいや、疲れたし。……偽装』
「は?」
『だから本当はつき合ってないんだよ。俺たち』
どうでもいいことを、興味なさげに吐き捨てるような声だった。
「……え?」
利光は奏平の言葉の意味が理解できなかった。
――偽装?
脳内で何度もその言葉が再生され、そのたびに同じ意味が検索される。
「どういうことだよ?」
『りんから言ってきたんだ。互いに得だから協力しようって。だから、俺はりんと協力してつき合っているふりをした』
「い、意味分かんねぇよ。なんで二人がそんなことしなきゃいけないんだ?」
わけが分からなすぎる。奏平の言葉を完全に信じたくない自分がいるのも事実だし、偽装であることを信じたいと思っている自分がいるのもまた事実。
『りんは……まぁなんかいろいろ言ってたけど、それは俺の口から言うべきじゃないと思うから』
「じゃあ奏平は?」
『俺?』
「ああ。なんで奏平がそんなことしなきゃいけないんだ」
『まあ、俺は……』
奏平はしばらく押し黙ってから、湿っぽい息を吐いた。
『とにかく、俺とりんとの関係性はそういうことだから。利光が気にすることじゃない』
「はぐらかすな! なんで偽装なんてしてんだよ!」
『だから言ってるだろ! 奈々が俺を好きなのが分かってて、でも俺は奈々が好きじゃないから、つき合いたくないから、俺はりんの提案に乗っかった。りんとつき合ってるってことにすれば奈々から告白されることはない。誰も傷つけない名案だろ」
奈々には絶対言うなよ、と棘のある声が続いた後、奏平の声は聞こえなくなった。
ツー、ツー、という音が聞こえ始める。
「言うな……じゃ、ないだろ」
頭の右側が重い。
スマホが手の中から滑り落ちて、ベッドの上で何度かバウンドした。
「どういうことだよ」
奏平の言葉を信じるなら、りんと奏平は好き同士ではないということになる。
偽装。
偽装カップル。
じゃあ、りんは偽装カップルであることがばれないように嘘の恋愛相談をし続けていたのか? だったら演技うますぎだろ。ってか偽装ってなんだよ。もう奈々の恋心を奪ってるんだぞ!
――だから本当はつき合ってないんだよ。俺たち。
みんなのことなら、なんでも知ってるつもりだった。
本当は、なにも知らなかった。
寛治のことも、今回のりんと奏平の関係性も。
――だから本当はつき合ってないんだよ。俺たち。
あと、この嬉しさよ、どっかいけ。
利光は、スマホに保存されてある五人で写った写真を眺めながら涙を流した。
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