眠れぬ幽鬼は怨嗟に踊る
肉巻きありそーす
第1話
「あーあーあ」
聞こえるはずがない。叫んでも。いるはずがない。この森の闇に。扇の音が障りだ。消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。
「誰か─」
蚊のような声で呟くとやけに頭が痒い。イライラする。煩い煩い煩い煩い。次第に怒りは膨らみ、憎憤を孕む。
「ヴヴヴヴヴ」
鳴き声か泣き声か。なんせ生命の灯火に冷や水を掛けられたのだ。死にたくない、兎に角死にたくない。かといって、生きたいかと言われるとそうでもない。ただ、苦しいのは嫌だ。もう十分だ。
「¥%!#¥!@¥&%!」
己ですら理解しえぬ何かを吐き出す。おそらく、怨み言だ。最期の足掻きにすらならない。しねしねしねしねしね。
いや、いっそのこと楽に殺せ。もうたくさんだ。締め付けられる脳髄も泣きたくなるような脈拍も引き裂きたくなるような心臓も。全部、苦しみだ。五感は拒否反応を示すも、シナプスは生を促す。否!それでも死ぬぞ!死ぬぞ!死ぬぞ!
「はぁぁ~、ふしゅぅ~」
ガチガチと縦にガクガクと横に。恐怖で世界が揺れる。今更、強さとは何かを問えるのならどんなに幸福だったろうか。無論、己は弱者に変わりないが。
「カカカカカ!」
幻聴であれ!どうかこれが夢であれ!目覚めたら、家だ。また、穀潰しと馬鹿にされてもいい! 耳からザァザァと心臓が奏でる。
「みぃつけぁた」
眼前に美女。否、獣に尾が九つ。そこに死が嗤う。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 指を噛んで、転移する。後、二回。残された余力でどうにか撒かないと弄ばれて─
「はぁ゛ーはぁ゛ー」
尋常でない自己矛盾。人がいる場所へ。街でも、村でも、里でも、小屋でも何でもいい! 誰か助けて!
「くけこけくこけこくけけけ!」
愉しいか?くそくそくそくそ!ふざけやがって、殺したい!殺してやりたい!力さえ!力さえ有れば!そもそも、こんなことには!
「
好きだった。好きだったのによぉ。嘘つきのアバズレがぁ!よりにもよって、あの義弟と懇ろになりやがってぇ~!でもよぉ、好きだったんだよぉ~。
「
あぁ、あいつの声がする。あの甘えるような蜂蜜声。......糞狐がぁ!呪い殺してやる!絶対に!後悔させてやる!俺の傷に触れたことを!
「ぜひ、ぜひ」
息が、切れる。俺の転移じゃせいぜい数十mほどしか移動できない。ここで使うか?どうせ使っても逃げ切れない。なら、覚悟をキメろ!
「ひぃ、ひぃぃぁ、あ」
死にたくない、死にたくないよぉ~、ないよぉ!でも、どうせ死ぬなら─
「
己の内にある気を全て爆発させる。下腹部がじんわりと熱くなり、脳ミソが膨らむような感覚に陥る。
みんな、死ねばいいのに──
甚大な爆発が辺りを消し飛ばす。無能な青年の命を賭した捨て身の行動は想像を遥かに上回り、空間諸とも一帯を消し去った。その後のことはもはや論ずるに値しない。これはかの青年の物語なのだから。
lllllmorilllll
ふわりとしたモノが身体を包む。これが死という感覚なのだろうか。思いの外、意識は明確で今にも話そうと思えば話せるに違いない。
来世ではせめて凡ほどの力を持ちたいものだ。それか、商人の子にでも生まれて気楽な生活を送りたい。もう、痛いのも苦しいのも嫌だ。戦いも修行も、そんなことからかけ離れた人生がいい。
あぁ、それと恋というものも味わってみたい。今世では惨めで情けない悲恋で終わってしまったから、今度は甘い蜜のような純愛を享受したい。
この世界に必要なのは強さではない。いかに自らの性質に適する場所に生まれ落ちるかどうかの運だ。そのおみくじが外れれば、後は堕ちるしかない。あぁ、どうか。来世では幸せになれますように─
「もうすぐですよ!奥様!踏ん張って!」
「んぎぃぃぃぃ!」
エスノール公国より東、
「おぎゃああ!」
「産まれましたよ!男の子です!」
「あぁ、産まれた。私の子」
今日、その国に新たな命が誕生したのだ!
「
生まれたきた我が子を母は愛おしそうに抱き抱える。赤子は
「おぎゃああ!(嘘だ!嘘だ!嘘だ!なぜ、またここに産まれてきた!いや、これはまさか!)」
過去に戻っているのか。
声をあげようにも鳴き声しか出すことができない。己を抱き抱える女性は忘れもしない、できない。母の顔。この塵芥の母の顔なのだ!
「仁海。あぁ、私の子」
止めろ!止めてくれ!そんな顔で私を抱くな!お前は眉間に皺を寄せて、俺を罵ればいい!俺を憎め!俺など産まなければ良かったと、俺を殺してやりたいと口汚く罵れ!そうすれば、俺もお前を心置きなく憎めるのだ。頼む、お前が俺に愛など見せるな。あぁ、苦しい。お前の顔を見ると、あの日々を思い出す。
─さっさと去ね!この穀潰しが!─
─こんな役立たず、産婆に絞めさせればよかった─
─今ここで殺してやろうか?そうすれば私ももう一度、あの方に─
─すまない。私がお前を強く産んであげられなかった。本当は私が悪いんだ。私がこんな病を抱えていたから─
─仁、治ったら蹴鞠をしようねぇ。あいつのいない別荘、あそこは風が気持ちいいから─
─仁のこと、たくさん傷つけてきた。私のこと、嫌いだよな。でも、一つ知っておいて欲しいんだ。私は仁のこと、愛してる。愛しているよ─
「ぎゃああああああああ!」
「おお、よしよし。元気がいいな」
「
「なに!?身体が悪いのか?早く医者を!」
「いえ、少し私に見せていただければ」
産婆が赤子を抱き抱えると鳴き声はぴたりと止んだ。どうやら、眠ったようだ。
「ふむぅ、どうやら疲れて眠ったみたいですね」
「そ、そうか。なら、いいんだ」
「出産早々、騒々しいな。さすが俺の子と言った所か」
「
「存外に元気そうだな、咲蓮。今日明日はゆっくりと休め」
「あぁ、そうさせてもらう」
恒の国の貴族である
思い出すのも苦痛だ。今この場で、舌を噛みきることができればどれほど幸福か。俺は既に詰んでいる。母はこの時点で不治の病を患っている。『全筋弛緩および気における動力の伝達障害』。長ったらしい名前の病気は死ぬまで母を苦しめた。気丈であった彼女が泣き言を漏らすほどに、悪魔的な病状であった。その母体で産まれた俺は必然的に障碍を持って生まれてきていた。
俺は魔力や巫力と呼ばれる気の力を全身に伝達する器官が未熟かつ量も少なかった。それ故、人並み以下の力しか出せなかった。また、筋力も非常に弱かったため、運動能力も皆無だ。
これがまさに過去そのものであるならば、どうしようもない。赤子のように泣き喚くしかない。努力?笑わせるな。その結果があれだ。家から追い出され、路頭に迷った挙げ句、妖怪に殺されかけ自害。なんら面白味もない終りだ。
眠い。今少しは眠ろう。それから、ある程度成長した後に死ねばいい。そうすれば、或いは母も父に見捨てられずに...
いまは、おやすみ
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