3
†
本格的に【捜し屋】としての捜査を開始したのは、梅雨入りが発表された日の夕方。ひどく湿っぽい日のこと。降ったり止んだりの天候。俺は少しだけ売り上げが落ちる夏の憂鬱を感じながらも商売を終え、鵲が働くコンビニに向かった。
コンビニのシフトを終え、出て来た鵲を俺は捕獲した。事態をだいたい予想していた鵲は俺のキッチンカーに乗り込んだ。余った今川焼きをくれてやる。黒白ずんだの3種アソート。
「あの、襲撃事件ですよね?」
「お、よく分かったな」
「は、はい。ニュースにもなってましたから……」
「そのまさかだな」
「あの高架下で、下見してたのってやっぱり、京さんだったんですね」
「らしいな」
「……やりますか」
珍しく男らしい顔つきになった鵲。事件現場には生々しい描きかけのグラフィティ。無念さが滲むシンボル。鵲は黒餡を手にしてちらりとその場所をチラ見した。頭の中に映像の洪水が流れ込む。俺には全く想像がつかないサイキックの感覚。
「はわぁっ!」
「どうだ?」
「全っ然分かりません!」
「なんじゃそりゃ!」
「夜ですし、犯人は黒ずくめに黒い目出し帽。使ってた凶器も普通の鉄パイプで……」
「……そこで何をしてる!」
いきなり声をかけられ、俺はびくっと体を震わせた。振り返るとサラリーマン風の小柄な30代前後くらいの男がいた。
「誰だ?」
「俺はこの街で今川焼き屋をやっている、天河。こっちはコンビニ店員の若井」
「…まさか、あの事件の調査か?」
「一応な」
「まぁ、独自調査という点なら私と同士か。私は
やばい奴かもしれない。東雲株式会社といえば、御夕覚の話によればヤクザと繋がりのあるゼネコンだというが……当の中内からはそんな様子は微塵も無い。
「うちの社長も私も、物騒な話題を提供してくれた犯人には随分怒りを感じている」
「……報復を考えてるのか?」
「場合によればね」
やはりそうらしい。多分社長の特命を人知れず請け負うやり手なのかもしれない。どちらにせよ、ある程度手の内を知っておく必要がありそうだ。
「俺達も、同じようなもんだよ」
「なるほど、ひょっとしたら連絡を取り合うかもしれない」
「悪いが、俺達は血腥い報復は望まない。あんたらが犯人を見つける前に捜す」
「安心してくれ、私も本意ではない」
中内とLINEを交換した俺は、鵲を連れて現場を立ち去った。
†
第二の手として、俺達が向かったのは天峰のアトリエだ。以前に比べ自作のオブジェの数が増えている古民家を改造したアトリエの扉の前で鵲が呼んだ。
「ハリさん、ボクです!」
「……」
「いるならいるって、いないならし~んって言ってください!」
「……し~ん」
「そうですか!アマさん、ハリさんいません!」
「居ないわけねぇだろ!」
俺は鍵のかかっていないアトリエのドアを半ば強引に開いた。
「いないって言ってるじゃないですか!」
「お前は幽霊かなんかか?ほら、持ってきたぞ」
「……やや今川焼きは今ちょっと…」
「そっか、いらないらしいぞ鵲。ミルクレープ」
「……話聞きます」
音路町である意味有名な洋菓子店のミルクレープを携えて来たのが正解だったようだ。今までの話を聞いてきた皆なら分かるだろうが、天峰は異常なくらいの甘党だ。ミルクレープなら1ホール軽く平らげる。なんせ、今川焼き1グロスを注文する男だから……
「お前、グラフィティ描けるか」
「勿論。アーティストですから」
「何となく、分かるか?」
「オレ、テレビやネット観ないんすよ」
「ほう、ならなんでテレビやネットで騒がれてるって知ってるんだ?」
「……のっ、乃月ちゃんから……」
「お、まだ続いてるんだな」
片思い中の中学生みたいに顔を真っ赤にして天峰は頷いた。
「囮、ですか」
「勿論、ボディガードはつける」
「充っすね」
「あぁ、あいつならやってくれる。忙しくて駄目なら彩羽で構わない」
「……やりますけど、それ、くれますか?」
「……」
奴の頭はミルクレープ一色になっている。いつかこいつは糖尿病になってしまうかもしれない。俺は折りたたみ式のキティちゃんのテーブルにミルクレープの箱を置いた。
「乃月ちゃんと一緒に食べたらいいのに」
「そっ、そうします……」
「絶対だな。1人で食うなよ。乃月ちゃんに訊くぞ」
やや意地悪かもしれないが、そう言って俺は出て行った。この店のミルクレープ、実は1ホール10000円もするからである(夢の国価格か!)。変にまた大量注文されたら破産してしまう。
「上手くいきますかね?アマさん」
「まぁ、やってみなきゃ判らないけどな」
「ハリさん、グラフィティなんて描けますかね?」
「あいつの器用さは、分かってるだろ?」
俺は鵲に言った。またぽつぽつと小雨が降り出す中、傘も差さずに俺達は雨の音路町に紛れていく。
――同じく街に紛れた、俺達【捜し屋】と、中内に追われる身となった、哀れな襲撃犯みたいに。
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