「あぁ、うちの店もその話題で持ちきりなんですよ」


 キャバクラのボーイ、充が言った。深夜1時。営業時間が早く終わり、今は勤務時間外。電車通勤のキャストを店まで送った後、俺達は駅近くの24時間営業のマックに集まった。


「ちょこちょこ問題は起こっていても、まず物騒な話題はそうないじゃないですか?まして襲撃犯なんて…」

「充、助けてくれるか?」

「ハリさん、僕でよければ。しかし危険を感じたらすぐに逃げて下さいね」

「そうやそうや、ハリさん喧嘩めっちゃ弱いねんから」

「夜湾、余計じゃないか……」

「いや、大丈夫っすよハリさん、おれもいますから!」


 天峰は全身を合羽みたいなナイロンパーカーに包み、小脇に抱えたバッグにはラッカースプレーが数本。ネットの画像からグラフィティを幾つか頭に描いてきたらしい。


「とりあえず、どこに行けばいいんです?」

「河川敷かな。橋の下のコンクリートなんていいんじゃないか?」

「あ、名案!ボクもそれ賛成!」

「よし、皆食ったら行こう」

「ハリさん、もう食ったんですか?」


 天峰は緊張のせいか、深夜にも関わらずビッグマック二個にダブルチーズバーガー二個、ポテトにナゲット、アップルパイ五本を既に片付けた。針金みたいな体躯のどこに消えるのだろう?


「じゃ、アマさん。僕らは現場に向かいます。夜湾くんと鵲くんと一緒に後から車でトレース願います」


 隠しカメラは恋愛小説家の綺々先生から借りている。ポータブルモニターもあり、車から映像を観ることも可能だ。


「あぁ、危なくなったら逃げろよ」

「えぇ、では」



 人気のない河川敷の橋梁の下のコンクリートを眺め、天峰はシャカシャカとスプレーをシェイクする。頭まですっぽりパーカーを被ったエミネムみたいなスタイル。

 彩羽と充はピンホールカメラを装着し、周囲を見回す。


「あ、着信だ」


 俺のスマホにかけてきたのは東雲株式会社の中内だ。取ると奴は駅にいるようだ。アナウンスが聞こえる。


【今川焼き屋、どうだそっちは】

「河川敷だ、今から奴をはめる。今日中に捕まえてやるよ」

【ははっ、そうか。もし何かあったら連絡をくれ。ヤクザに売られる前にどうにかしてやろうじゃないか】


 それだけ言うと中内は通話を切った。やはり社長より先に奴を見つけたいらしい。血腥いことは嫌いなようだ。


「あっ、来たぞ!」


 がさがさと草むらから黒い影が天峰に向けて近付いてきた。手には鉄パイプのようなものが握られている。


「彩羽、充、スタンバイしてくれ」


 彩羽はビニール傘を逆手に持って息を殺してゆっくりと動く、充も摺り足で天峰に近付いた。

 ぶらぶらと鉄パイプを引きずりながら近付いた犯人らしき影。充が一気に距離を詰めた。


「そこまでだ!」


 充は拳を敵に突き出した。敵は鉄パイプでガードし、持っていた催涙スプレーを充に噴射した


「うわっ!」

「野郎!」


 彩羽は傘を振り回し敵に襲いかかる。敵は軽やかに躱しながら背を向けて逃げていった。


「畜生!あっ、充さん!」

「ちっ!やられた!ハリさんは大丈夫かい?彩羽くん!」 


 もう既に天峰の姿はなかった。気付けば車の後部座席に天峰は既に座っていた。


「いやいやいやいや怖い怖い怖い怖い!あんな奴って思わなかった!」

「どんな奴やったんですか?」

「見てない!」

「そりゃそうだよな。奴が来る前にもう逃げちゃってたからなぁ」

「悪いか!逃げろって言うんだもん!充が危なくなったら逃げろってさぁ!」

「わかったわかった!とりあえず充と彩羽を……」


 苦々しい表情で2人が戻ってきた。充はようやく涙が止まった。端整なマスクがやや歪んでいる。


「逃げられました。すみません」

「いや、ありがとうな」

「アマさん、あれは……」


 彩羽が口を開いた。


「並のチンピラの動きなんかじゃねぇっす。訓練受けてる動きっすわ」

「まさか、僕のパンチを細い鉄パイプでガードするなんて……」


 敵はなかなかの強敵のようだ。腕自慢の充と彩羽にも敵わないとは……


「まだまだだな。鍛え直しだ」

「兎に角、次の作戦を考えよう」


 喧嘩では勝てないなら、こちらは情報を集め、違うアプローチで追い詰めるしかない。なんせ今の時点で敵に関する情報は、強いということだけなのだから

――これで万が一、東雲株式会社がヤクザを投入しても駄目なら完全にお手上げ、敵の思うツボだ。


「あっ」

「……どうした?鵲」

「カメラに、映ってませんかね?あいつの催涙スプレー」

「なんで?」

「だって、催涙スプレーなんてそんな滅多に売ってませんよね?調べたら分かるかも」

「ド阿呆、どないして調べるねん」

「いや、名案だ」

「あっ、アマさん?」

「御夕覚だ、奴に頼めばいい」


 でかした、鵲。ひとつ活路が開けた気がした。

――しかし、催涙スプレーから敵を知ることはできなかった……


「すまないな、俺様の力不足で、夜はパワフルなんだけどな」

「下ネタに走るなんて腕が落ちたな。御夕覚。こっちこそ悪かった。無理言って」

「でも、少しだけ活路は見いだせたかもしれないぞ」

「?」

「見ろ。朝飲むココアみたいな飲み物はミロ、なんつって」


 御夕覚が広げた地図には×印が書いてあった。

そこを見れば一目瞭然だった。


「この高架下、河川敷、この川一帯に犯行現場はある。他にグラフィティは描かれているにも関わらず……」

「!」

「奴の目的は、この場所にありそうだな」

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