親父の飲み仲間のマスターの喫茶店。そこそこ繁盛している。コーヒーの芳醇な香りの中、似つかわしくないひくひくと駄々っ子みたいに泣く啓斗を連れ、奥の席に入った。


「ご注文は?」


 店員のバイトらしい高校生くらいの清楚な女の子が訊いてきた。多分これはマスターの好み。俺はブレンドを注文した。


「そちらの方は?」

「自分……ウインナーコーヒー……」

「かしこまりました」


 しっかり飲むじゃんという言葉を飲み込むと、俺はテーブルに両肘を置いて訊く体勢に入った。


「訊かせてくれ」

「えぇ、あの、友達が、友達が、友達が……」


 また泣き出しそうになる啓斗をなだめながらとりあえずコーヒーが来るまで待とうと言った。コーヒーでも飲めば変わるだろう。


「お待たせしました、ブレンドとウインナーコーヒーです」

「えぐっ、えぐ、あの、ウインナーどこですか?」

「お前知らないで頼んだのか?」

「すっ、すいません、自分…ウインナー浮いたコーヒーかと思って」

「そうかそうか、それはそれでオーダーしようとするお前が流石だ。で?」


 スチームした生クリームの乗ったコーヒーをひと啜りして啓斗は言った。


「友達が、襲撃されました」

「友達は、グラフィティ描いてるのか?」

「……そうです」

「名前は?」

菅原京伍すがはらきょうごっす」

「……まさか、京ってのは?」

「そうっす、あ、本人には言うなって言われてたんだった。そうだそうだ、いや、違います。訂正」

「……誰にも言わないから」

「あ、そっかそっか、そんな場合じゃないわ。そうです、京です」


 苦笑すると、俺は詳しい話を啓斗から訊く。


「いま、京はどこだ?」

「病院に……びょ、病院……」


 また泣き出しそうになる啓斗。俺は自分で話を訊くからいいと啓斗に告げた。


「昨日の夜中、やられたみたいなんす」


 夜中の1時、高架下にスプレーで描いていた京にいきなり襲いかかったのだという。その時に頭を殴られたらしく、今も意識は戻っていないらしい。


「なら、訊けないな。悪かったな」

「いや、いいんす。自分…自分……」


 唇をかんで肩を震わせる啓斗。


「自分…虐められてて、それを誤魔化す為に歌作ったりして。でも、歌なんかやってても、なんの意味も無いって皆言ってたけど、でも、京だけは、自分の曲で泣いてくれて、だから自分に自信がもてて……だから京は、大事な、大事な親友なんす」


 俺も貰い泣きしそうになってしまった。こういう話に滅法弱いのだ。年齢のせいじゃないはず。


「あいつは昔から画の才能があって、皆から認められてて、だからあいつには、頑張って欲しかったのに」

「なぁ、啓斗」

「?」

「【捜し屋】って、知ってるか?」


 啓斗は頷いた。


「【捜し屋】は基本的には無報酬で調査をする。でも、報復を望むなら別料金を貰い、確実に報復を下す」

「え?なんでそんな詳しいんすか?」

「目の前に【捜し屋】がいるだろ?」

「いや、今川焼き屋さんっす」

「……」


 まぁいい。俺は気を取り直して言った。


「そいつを見つけ出して、報復するのか?」

「……」


 拳を握って啓斗は頭を下げた。


「お前が大事な手を汚すことはない。別料金で、報復を請け負うが、どうだ?」

「……まさか、今川焼き屋さんが?」

「……今気付いたのか……」


 啓斗は頷いた。本当なら別料金を貰うが、この啓斗から料金を貰うつもりはない。俺は啓斗から依頼を受け、コーヒーの料金を払うと、店を出て行った。



 俺が次に向かった先は、音路町警察。そこで勤務する友人、生活安全課刑事の御夕覚悠に会いに行く為だ。

 丁度昼時であり、恐らく近くの蕎麦屋で好きな天ぷらそばでも食べようとしているのかもしれないと踏んだ俺は、その馴染みの老舗蕎麦屋に向かった。

 店の暖簾を潜ると、確かに1人で座ってお品書きに目を落とす御夕覚がいた。俺は前に座る。


「よ」

「ん?あっ!いつの間に!来るなら来いって言えよ!来るなって言うから!」

「何だそりゃ!それより御夕覚、お前に訊きたいことがあるんだよ」

「何だ?」

「お前、グラフィティ描いてる奴等の連続襲撃事件、知ってるよな」

「グラフィティ、あ~、落書きか。まぁな」

「昨日やられた奴の情報を知りたいんだが」

「あ、確か京だっけ?有名な奴らしいな。昨日やられたのに、名前が京、なんつって」

「お前不謹慎の極みだな」


 とりあえず蕎麦食べさせろと言わんばかりに天ぷらそばを注文する御夕覚。


「お前は?」

「経費で落としてくれるなら天重にするが」

「なめてんじゃねぇぞ、たまにはなめ……」

「言わせねぇよ!って、冗談だよ。俺はカレーにするよ」

「食うんじゃねぇか」

「俺も腹くらい減るわ」


 御夕覚はお冷やを喉に流し込むと言った。


「犯行時刻は多分夜中の1時。凶器は多分鉄パイプだな。頭に鉄錆の付着があった。打ち所がよかったんだか悪かったんだか、命には別状ないが、まだ意識は戻らない」

「犯人の目星は?」

「さぁな。これがまた少し厄介な話になりそうなんだよ」

「と、いうと?」

「この街の大半の不動産は【東雲株式会社】が牛耳ってる。奴等が今アタマに血が上ってやがる。」

「ほう」

「コッチを雇って、犯人を捜させるって噂がある。そうなったらコトだからな」


 御夕覚は小指で頬をなぞる。確かに厄介な話だ。そうなる前に解決をする必要がありそうだ。


「言うなよ。これ」

「わかってる。とりあえず食うか」

「…ビール、飲んでもいいかな」

「仕事中だろ?」

「今、フレックス使うことにする」

「いい加減な奴だな」


 俺は御夕覚と同じ瓶ビールを注文した。

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