すぐに鵲から連絡が届いた。能力を使ったせいでやや声は弱々しいが……


【へっ……変な……真っ黒い奴が……あっ、合鍵を使って中に……】

「やはりな」

「天峰、悪いが自然な話の流れで物が何か無くなってないかを訊いてくれ」

【…(サムアップ)】


 鵲は近くにある自動販売機からペットボトルのコーラを買い、一息のもと飲み干す。


「すげぇ、アマさんなんで分かったんです?」

「小生も非常に気になる」


 俺は現場に向かう彩羽のスクリーンの電源を入れて言う。


「乃月はこの部屋を見て分かるように驚く程几帳面だ。場所を忘れないように付箋を貼っていたり、定位置管理が徹底している。なのに、スプーンの抽斗を開けて【あれ、どこだ】と言った。そこで思ったんだ。ひょっとしたら、何者かが忍び込んで、乃月の私物を持ち去ったかもしれないってね」

「だから彩羽を送り込んだんや……でもアマさん、あいつ」

「傘はいざというときに使えって伝えたよ」


 天峰が万が一帰り道に誰かに襲撃されてしまった場合、一番ボディガードとして適任なのは屈強な充。天峰は神業のような手先の器用さだが、反して絶望的なくらいの運動音痴だ。喧嘩も驚く程弱い。

――彩羽が天峰のボディガードに任命された理由。彩羽の特技は完全な声帯模写だけじゃない。彼は長い棒(棍)を持つと軽いトランス状態に入り、これまた喧嘩が強くなる(ジャッキー・チェンのドランクモンキー酔拳を観てかららしい)


【雨、なかなか止みませんね】

【予報とは違うな】

【でも、デート中じゃなくてよかった。それに……】

【何か無くなったものはない?】

「唐突すぎるやろ!」

【え、ちょっとティースプーンが一本だけ】

「答えるんかい!回転早ない?」


 俺は天峰に言った。


「どんな奴かを訊いてくれ」

【どんなティースプーンなんだ?】

「あの人には自然な流れって言葉ないんかい!」

【取っ手の部分にハート型の装飾がされてる……】

「答えるんかい!しかもハリさん普通に描きよる!」


 画面に精密なティースプーンの画が見える。それをポケットに突っ込むと、天峰はまた紅茶を啜り始めた。


【ダージリンが好きなんだ?】

【えぇ、でも基本なんでも……】

「戻るの早っ!」

「夜湾、いけるか?」

「……勿論っすわ。ほれ」


 夜湾は首からダウジングロッドを取り出し、だらりと下げた。目を瞑って集中する。微かに動くティアドロップ型のクリスタル。


「行きますか」

「あぁ、先生有難うございます」

「構わないよ。カメラは明日返してくれたらいい」


 俺達は綺々先生の部屋をあとにした。少し空気が薄い気がするのはきっと気のせい。

 これから下界の戦場に向かう神様のような気分。


 

 通り雨のようだ。もうすっかり空は晴れている。地面に出来た灰色のマーブルはまだ生々しく残っているが……夜湾はダウジングロッドの微妙な動きを追い、すたすたと歩き出す。


「アマさん、戻りました」

「とりあえず大丈夫っす。ハリさんも」

「……」


 天峰も少し晴れやかに見える。鵲は清掃作業員の格好、それなりに似合っている。


「こっちや」

「行こう」


 ダウジングロッドは反応しているようだ。夜湾の進行方向には新しいアパートが見える。各部屋にインターホンがある。


「ビンゴかもしれへんな。ほら」


 夜湾のダウジングロッドが一つの部屋の前でぐるぐると回転している。男の名前の表札。多分クロ。奴を釣るために使うのは……


「彩羽、覚えたか?」

「勿論っすよ」


 彩羽はインターホンのスイッチを押す。咳払いをすると顔を近付けた。


【どなた?】

「あの、内海乃月です……」

【え?】

「お話がしたくて……あの……出て戴けますか?」


 彩羽はこっちを見てにやりと笑った。チェーンが外れ、ドアが開く。


「乃月ちゃんっ!……?」


 俺は靴をドアの間に差し入れて言う。


「誰だ?」

「出てこれるか?」

「いっ、今忙しいんだっ!」

「嘘つくなや!出てこれる言うたやないか!」

「内海乃月を知ってるよな」

「しっ……知ってたらどうだって言うんだよ!」


 そこにいたのは鮫肌の長髪、少し太り気味の若い男だった。スマホで顔を撮影し、乃月のLINEに送った。


「話があるんだ」

「おっ、俺もあんたにはっ、話がある!」

「ツラ貸せ」

「上等だよ!」


 【捜し屋】一同と男はアパートの外に出て行く。乃月からの返信があったのはそれから直ぐだ。


【花屋の常連の水島さんです、いつも一輪だけバラを買っていかれます】


 水島。それが男の名だった。不健康そうな水島の前に不健康そうな天峰が立ちはだかる。


「乃月ちゃんに近付くな!」

「それはこっちの台詞だ」

「おっ、俺が彼女を守るんだよ!」

「そうか、なら来いよ」


 水島はかなり大振りなヘナヘナなパンチを繰り出す。喧嘩もしたことのない男だろう。なのに仁王立ちの自信満々の天峰。避ける自信があるのだろう……


 バキッ!!!


 事もあろうに水島のヘナヘナなパンチは綺麗に天峰の眉間にクリーンヒットした。見ると天峰は静かに白眼になる。


「あぁっ!いけない!」

「彩羽っ!」


 彩羽は傘の持ち手を逆さまに持ち、水島の足に持ち手を引っ掛けて足払いをした。速度はコンマ2秒。カンフー映画みたい。水島が倒れる前に彩羽はゴルフのスイングのように水島の顎を目がけて持ち手を振り上げた。昏倒する水島。K.Oだ。


「かっけぇっす!彩羽さん!」

「だろ?鵲……これ乃月ちゃんに見せたかったなぁ……」

「いや、だめだろ」


 泡を吹いて倒れている天峰を見て苦笑いをする一同。直立の姿勢のまま綺麗に仰向けになっている。


「運ぶぞ」


 俺はキッチンカーを出すことにした。人力で倒れた人間を二人運ぶのは流石に目立ちすぎる。

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