キッチンカーで白餡4個と黒餡4個を焼き上げた俺は午後3時のおやつ時にやって来るお嬢さん(数十年前)にそれを提供した。それにしても他愛もない会話で小一時間以上時間を使えるお嬢さん方のコミュニケーション能力にはただただ瞠目する。客の波が一通り収まった時、高校生の女の子みたいなのが近寄ってきた。鵲である。ベストのポケットをまさぐりながら3枚の百円玉を差し出す。


「アマさん、黒、3個ください!」

「お、まさか…?」

「あれ、使わなきゃいけなくなりました!」


――鵲が体に似合わず今川焼きを3つも食べる理由……鵲は超能力を使うことができる。その場所を【チラ見】することでその空間の記憶を読み取ることができる、オブジェクト・チャネリング能力――

 鵲曰く、能力を使うことで酷い低血糖に陥るらしく、糖分の補給にはちょうど我が【今川焼きあまかわ】の黒餡3個がベストなのだと。


「夜湾のダウジングじゃわかんなかったんだ?」

「はい、うちのコンビニ前まで行っても反応がなくて……」

「でも、梨緒さんはお前の店の前で落としたんだって……」

「それを確認したくて」

「ほう、わかった。ほら持ってけ。今日は一人か?」

「ハリさんがいます!」


 珍しい。あまりしゃしゃり出るタイプではない天峰が、何か魅力的なものを感じたのか、はたまた……


「あと、ハリさんから…」

「?」


 鵲はポケットから千円札と百円玉を二枚取り出した。


「黒6個、白6個、計1ダースだそうです!」

「誰か来るのかな?」

「いや、ハリさんのおやつです!」

「どんだけ食うんだ!てかどこに入るんだよ!」



「創作には甘い物が不可欠なんです、判ってくれないかなぁ」


 天峰は50キロちょっとの体躯に似合わない数の今川焼きを平らげ、鵲の様子を見ている


「じゃ、やりますよ」


 鵲はコンビニの駐車場に立ち、入り口付近を無意識に見るような要領でチラ見した。


「はっ!はぁっ!」


 目を強く閉じて頭をガクッと仰け反らせる。恐らく鵲の頭には空間の記憶が洪水みたいに流れ込んでいるのだろう。


「あっ…はぁっ、はぁ……」


 目を開いた鵲は今川焼きを貪るように食べる(正直あまり旨そうに食べているように見えないのを見るのはやや複雑だが…)


「あぁ、旨かったぁ。ご馳走さまでしたぁ」

「んで?どうだったんだ?」

「派手な女性がいました」

「え?梨緒さんじゃ……」

「ないです」

「ネコババじゃねぇか!」


 鵲は腕を組んで考える。真顔になるととっても可愛いのだが……


「あの人、どっかで見たことがあるんですよ」

「天峰、画にできるか?」

「当然だ。俺を誰だと思ってる?」


 天峰はスケッチブックにさらさらと鉛筆を走らせる。鵲は見たまんまの映像を天峰に伝える。天峰の眉間に、やや皺が寄る。


「できた。どうだ」

「この人!あっ!」


 俺と鵲は声をぴったり合わせて言った


「【ミューズ】の娘!」

「名前忘れたけど、充の店の娘だ!」


 布袋州充ほてすじゅう。キャバクラ【ミューズ】のボーイ。身長175センチの中肉、スタイルもよく笑顔も爽やかな好青年だが、やはり職業柄かその服の下は鋼のような筋肉の鎧ができている。


「話が早い」

「待て待て待て待て…オレは行かないからな」

 

 それだけ言うと天峰は時計もしていないのに左腕を捲って時計を見るふりをして小走りで去って行った。


「ハリさん、なんかあったんですかね?」

「余程、なんか嫌な思い出があるんだろう…キャバクラに」

「梨緒さんに、連絡しないと」

「あっ、あと【甘納豆】さんにも!あの人達、きっと来ますよ!」


――俺は梨緒に連絡をしたが、繋がらなかった。一方の夜湾と彩羽は嬉々として二つ返事で承諾した。本来の目的を再確認させる必要がありそうだ……



 キャバクラ【ミューズ】は地方都市音路町の歓楽街エリアにあるキャバクラのひとつである。俺、夜湾、彩羽、鵲は2階に上がるエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターが開くと、そのままキャバクラに入れる。中に響くユーロビート。俺はボーイに声をかけた。


「いらっしゃいませ」

「すまねぇ、俺達遊びに来たわけじゃなくてさ。布袋州、いる?」

「ちょっとお待ちくださいね」


 シルバーのトレイを抱えたまま小走りでやって来た充。営業なのか素なのか分からないが満面の笑みである。

 

「アマさん!どうしたんですか?」

「あ~!鵲ちゃんだぁ!」

「甘納豆じゃん!」


 キャストの嬌声にニヤニヤする夜湾、彩羽、鵲。決して自分の名前を呼んでくれなかったことを僻んでいる訳じゃないと理解して欲しい。


「このキャストさん、いるか?」

「あっ、柚香ゆずかちゃんですね」

「どんな娘?」

「ちょっと……酒癖が……」

「なぁに話してるんです?充さん?」


 キャストのえみりがニコニコしながら近寄ってくる。彼女は夜湾のお気に入りらしい。くしゃっと笑う笑顔がたまらないらしい。


「あ~、夜湾さぁんしばらくぅ!」

「えみりちゃんや~ん!」

「どしたの?皆で」

「えみりちゃん、柚香ちゃんっておるぅ?」

「今日は休み!何夜湾さん!あんなのがタイプなのぉ?」


 彩羽が夜湾の頭を引っ叩いた。


「ちょっと、出てこれるか?充」

「えぇ、僕なら構わないです。ちょっと待っててください」


 今の話から察するに、柚香はやや難があるキャストのようだ。俺はそれとなく充に話を訊く為に店の外に彼を連れ出した。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る