落ち着いた雰囲気のバー【ダム】に場所を移し、俺達は充にそれとなく柚香の話を訊く。店内には店名からも分かるようにニルヴァーナのMTVアンプラグドの曲が流れる。元々あまり酒が強いわけではない充はライトなヴァイオレットフィズを注文した。

 

「悪いな、仕事中に」

「いや、こっちも仕事ですから。僕には」


 俺はバーボンの水割りを傾ける。正直味の違いはあまり分からないが……


「柚香が、どうしたんですか?」

「ゆっ、指輪をネコババしました!」

「阿呆、まだ決まってないやろ?」

「でも、柚香ってキャバ嬢が指輪を拾ったのが見えたんだろ?鵲」

「はいっ!」


 充はくすりと笑った。


「彼女はやや酒癖は悪いけど、キャストとしては申し分ないんだけどな。太客も数人いるし」

「じゃ、彼女がネコババってのは……」

「僕の立場上うまくは言えないけど、そこは結びつかないんだよなぁ」


 人は見かけによらないというが、充が言うなら恐らく間違いないだろう。


「その指輪って?」

「デザイナーズリングらしいぜ」

「ほう……」


 充は腕を組んで少しだけ考えている。


「そういえば、いつもしない指輪が増えていたのは僕も見たな。柚香、ダイエットしてからは指輪のサイズが変わって、あまり指輪はしてないのに」

「……これか?」

「ん?あ、これ針生さんが描いたな。そうそう、こんな感じ」

「決まりやないかい!」


 夜湾は鵲と彩羽を引っ張って行こうとする。鵲はまだグラスに残ったスクリュードライバーを名残惜しそうに啜った。彩羽に関しては顔が真っ赤に紅潮している。


「邪魔したな」

「あ、アマさん。ここは僕が……」

「気にするな。今度の依頼のときに働いてくれりゃ」

「……分かりました」


 店を出ると、俺はスマホをポケットから抜き、声をかけてくるキャッチを無視しながら電話をかけた。


【はい】

「天峰か?今終わったよ」

【よかった。どうでしたか?】

「件の女はいなかった。しかしな……」


 俺は天峰に全てを告げた。今現在、俺と同じ考えは恐らく天峰だけだろう。ハレーションを起こしそうなくらいにギラギラしたネオンに反射する感情……


【…それ、本気で言ってるんすか?】

「あぁ、だめか?」

【ん~……まぁ、分かりました】

「頼んだ」


 俺はスマホの通話を切った。そして次の日の準備があると3人に告げて別れた。今からの仕事がなくなり、恐らく3人とも朝までドンチャン騒ぐコースだろう。

 俺はもう既に、次の一手を考えていた。



 この日は晴れ予報が噓みたいに外れ、どんよりとした雲が空を鉛色に染めていた。おやつ時の仕事を片付けた俺は、梨緒を呼び出した。キッチンカーは駅前公園に移した。梨緒はそちらの方が来やすいらしい。

 子供連れやランニングをする若者や中高年の中、キッチンカーの前のベンチに腰掛けて梨緒を待つ。暫くすると、いつもと同じような垢抜けない服装と化粧っ気のない梨緒が現れた。

 俺は手を上げて梨緒を呼んだ。


「あの、見つかったんですか?」

「あぁ、それより、食うか?」

「いや、すみません、私アンコは…」


 あぁそうかい。今川焼きあまかわもこれからカスタードクリームに着手する必要があるか……俺は梨緒に訊く。


「その前に君に訊きたい」

「?」

「あの指輪、ホントに君のか?」

「……そうですが、どういう…?」


 俺は少し溜息をついた。プルトップを開けた缶コーヒーを梨緒に勧める。こっちは微糖を梨緒は受け取った。


「まぁ、もとはといえば俺達が悪かったかもしれないな」

「あの……」

「初めはそんなつもりじゃなかったんだよな?」

「え?」

「あの指輪を自分のものにするつもりじゃ、なかったんだよな?」


 沈黙が流れる。梨緒は俯いて話を聞くだけの感じになった。


「あの指輪は、そもそも元々は柚香ってキャバ嬢のものだよ」

「?」

「彼女は過度なダイエットのせいで指輪のサイズが小さくなった。それでも気に入っていた客から貰った指輪を着けていった。酔うととことんフラフラになるまで飲むらしい彼女は、帰りの道すがら指輪を落としてしまう」

「……」

「君はその指輪を見てしまった。誰のか分からないが、暫くしてまたそこにあるようなら、あわよくば貰ってしまおうと考えた」

「……」

「案の定、戻ってみたら指輪はなくなっていた。その実は柚香が指輪が無くなってるのに気付いて拾いに来ただけだったんだがな。一縷の望みに賭けた君はコンビニ店員の鵲に指輪が落ちてなかったかを訊いた」

「……」

「まぁ、それが騒動の始まりだったんだがな。運がよかったか悪かったか、あいつは【捜し屋】だったんだよ」


 梨緒はこくりと頷いた。


「なぁ、初めは俺達に捜させて見つかっても、自分のものにするつもりなんてなかったんだよな?君はそんな……狡い人間じゃ…」

「……何が悪いんですか?」


 梨緒は攻撃的な刺すような目線で俺を見ている。


「……私、今まで何も良いことなんてなかった、これからもきっと。あんな綺麗な指輪なんて、どんなに足掻いても私には……」


 俺はいたたまれなくなり、缶コーヒーを一気飲みし、ゴミ箱に放り込んだ。鉛色の空は更に色を濃くする。一滴雨が落ちてきた。


「話を、よかったら聞かせてくれ」



 


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