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†
何とか落ち着いた彼女、
この店のマスターは矢鱈と飲んべえなくせにかなり美味しいコーヒーを淹れてくれる。俺はオリジナルブレンドを注文。夜湾と彩羽も同じ奴。鵲と梨緒はフレッシュオレンジジュースを注文した。
「すいません、あの、許してください」
「いいんだって。そりゃこんな茶髪に帽子にキノコ頭から追いかけられたら逃げるよ」
笑いを噛み殺すように下を向いて肩をひと震わせする梨緒。なるほど、ブスではないが、何と言うか垢抜けない顔をしている。地味な服装のせいだろうか。
「あ、あの時のコンビニの店員さん…」
「はいっ、あの、お客さん…指輪が落ちてませんでしたかって訊かれたので…」
「えぇ、まぁそうですね」
「どうしたんすか?なんか困ったことがあったら…」
「ド阿呆が彩羽!困ってるから来てるんやないかい!」
「いや、おれらが勝手に連れてきただけだし」
俺は軽い口論をはじめた夜湾と彩羽を尻目に梨緒に言う。
「人に言えない事情でも?」
「いやっ、そんなんじゃないんですけど…」
「お姉さん、この街にいる【捜し屋】って訊いたことあります?」
「え、えぇ」
「訳ありの客から無報酬で依頼を受けて捜し物をする今時珍しい探偵もどき」
「そう、それがおれらなんですよ」
全てを持って行った彩羽。要するにモグリの探偵。それが【捜し屋】。無報酬で尚且つややこそこそと仕事をするのには少し理由があるが…
「勿論、お代はいらないですから」
「…ホントに、捜して戴けるんですか?」
「ホンマですよ。わいらプロですさかいに」
「因みに、どんな指輪ですか?」
梨緒の説明をさらさらとメモに残す鵲。説明が終わった後に夜湾が鵲のメモに目を落とした。
「ホコリかい!読めへんやないかい!」
「すっ、すいませんっ」
「んなぁ、もうあの人に頼むしかないって」
「…だな。でも起きてるかな?」
彩羽が言う【あの人】――
「ちっと向かってくれないか?俺はキッチンカーを店に戻さないといけねぇんだよ」
「ぼ、ボクもこの後シフトが……」
自動的にその仕事は夜湾と彩羽のものとなる。梨緒を見るとその幸の薄そうな薄い唇でか細くお願いしますと呟いている。
「しゃあないっすね。ほら、行くで」
「へい」
†
ここからは俺は後から訊いた話。夜湾と彩羽、梨緒の三人の話をそのまま書いている。少し事実と違えば許してくれ。
「ほら、ここだよ」
運河沿いにある一件のアトリエ。入り口には陶器でできたガマガエルと猫が鎮座している。何れも天峰が作ったものだ。
「梨緒さん、この人、悪い人じゃないんで。リラックスしてくださいね」
「…ちょっと人見知りしますけどね」
彩羽はアトリエの引き戸をノックして言った
「お邪魔しま!」
「萬田はんやないかい!怖がるわホンマにもう…」
返事はない。続いて夜湾がノックした。
「ハリさぁん?おったら「おるよ~」言うてください。おらんかったら「し~ん」言うてくださいね」
「……し~ん」
「おるやないかい!ハリさん頼みますわ!」
アトリエの扉が細く開く。黒髪で長く伸びた前髪は左目をすっぽり隠している。長身だがかなりの痩せ形。
「……なんか用か?」
「ちょっと絵、描いてもらいたいんですよ」
梨緒を見ると、すぐに目線を逸らした。扉をゆっくりと開くと天峰は言う。
「今作ってるもんがあるから、触るんじゃねえぞ」
乾燥中の茶碗を並べた板の脇を潜り抜け、奥にちんまりとあるキティちゃんのちゃぶ台に腰掛けると、天峰はメモ用紙を取り出した。
「この人も…」
「そう。【捜し屋】。めちゃくちゃ器用なんやで。ねぇハリさん」
「いいから特徴を言ってくれ」
梨緒は指輪の特徴をちらりちらりと話す。頷きながら天峰はさらさらとメモに指輪の画を描いている。まさにそこにあるものを模写するかのような陰陽をつけて……
「これか?」
「そっ、そうです!凄い!」
「うまっ、さすがハリさんや」
「凄いのは画だけじゃないぜ」
「わかってますって、陶芸家としても……」
「この指輪、100万は下らない」
全員の目がかっと開かれた。
「しゃ、しゃ、しゃくまん!?」
「デザイナーズリングだな。にしても婚約指輪にしても割高な奴をよくその辺にポロッと落とせるな……?」
「とっ、兎に角捜し屋の威信にかけて捜しましょう!梨緒さん、うちには彼がいますから!」
彩羽は夜湾の肩をばんばんと叩いた。夜湾――意識した捜し物を振り子のような物で探索する能力、ダウジング能力を持つ。首から提げているクリスタル型のネックレスはダウジングロッドにもなるのである。
「どこで落としたか分かるんやったら、ばっちりやったのになぁ」
首からネックレスを外し、右手を前に突きだしてネックレスをだらんとぶら下げる。夜湾は指輪のイメージを思い浮かべながら天峰のアトリエを出る。
「役に立ったか?」
「ばっちりですよ!お邪魔しました」
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