音路町ストーリー
回転饅頭
音路町ストーリー
1
郊外の都市【
音路町の高校を卒業後、都心にある某大学に進学したが、家業を継ぐことになり、中退してこの街に戻ってきた。まぁ、ゆくゆくはそうなるだろうなとは思っていたが……まさか家業を継ぐ理由が、親父が嫌になって女と蒸発したなんて恥ずかしくて言えない。
そして俺はこの街に古くからある今川焼き屋【あまかわ】の4代目になったわけだが……
「お兄さん!黒1個頂戴!」
「はいよ、お姉さん、今日も元気いいね」
「やだわぁ、お姉さんなんてさ。うちじゃもう大学生になった馬鹿息子が口開いたと思えば「うっせぇババア!」だってさ。もうなんかやんなっちゃうわよねぇ。んでもってうちの旦那はねぇ…」
――と話しているうちに俺は1個百円の黒餡を油紙に包んで常連のお姉さん(30年程前)に手渡した。
「美味しいのよねぇ、ホントに」
「有難うお姉さん。親父みたいに旨くはないけどね」
「いやいや、燎くんも負けてないわよ。むしろほら、若さがあるじゃない」
暗に親父が蒸発した事は噂では広まっている筈だが、誰も口にしない。
「キッチンカーなんて、燎くんにしか思い付かないわよ」
そう、本家はごくたまにしか開けない。代わりに俺はキッチンカーで街に出て商売をしている。業務拡大を目論んだ零細企業の戦略…
「おっ、毎度アマさん。」
「今日も暑いですねぇ」
キッチンカーの窓からひょっこりと出て来た若者は、音路町のJR音路町駅前で歌うストリートミュージシャンのデュオ【甘納豆】の
「儲かってる?」
「いんやぁ、アマさんほどじゃないっすわ。あ、わいに黒くれます?」
「あっ、おれは白」
夜湾は出身こと音路町だが、両親が関西弁である為関西弁で話す。ギターのハードケースを肘置き代わりにして人懐っこい笑顔でこっちを見ている。一方の彩羽はキーボードにアンプを重そうに持っている。
「うめぇなぁ、外はモチモチ、中は程良い甘さ、やっぱ昔から好きな音路町ならではって感じっすわなぁ」
「よく言うぜ。んで?どうだった?」
「こないだ程じゃないんですけどね。何故かカバー曲のときはわんさか人が集まるのに…」
「ド阿呆が、オリジナル曲の時のお前はめっちゃ音痴やからに決まっとるやないかい!」
――そう、彼らのオリジナル曲は曲はよく、歌詞も悪くない。しかし夜湾は歌うと蚊の鳴くような声になり、彩羽は元々胴間声のややソフトな濁声。そこだけがネックなのだが……
「カバーは凄い人気じゃん」
彩羽の特技。完全な声帯模写。ストリートで歌った【夜に駆ける】はYouTube再生回数200万回を超えている。何せこの男の口から発されていたのは紛れもなくYOASOBIのボーカルの女の子の声だったのだ。
「でしょでしょ?もう少し褒めてくれてもよくないっすか?」
「あはは、まぁ頑張れってことだよ。ほい彩羽。白今焼き上がったよ」
俺はまだ湯気を立ち上らせる白餡の今川焼きを彩羽に手渡した。熱そうに頬張る二人を見て俺は口を開いた。
「あっちの仕事の依頼とかは?」
「いんや、今日はないんすわ。なぁ」
「はい、多分っすけど、鵲あたりが持ってきそうな」
「お前、それ何の根拠あんねん?」
「ほら、あそこにいるの違う?」
「阿呆か、んなとこに鵲がおる訳が…あ、ほんまや」
鵲はマッシュルームカットの小柄な男、20歳そこそこ。黙っていれば女の子に間違われそうなくらいの美少年。やや挙動不審気味にこちらに近付いてきた。
「どした?」
「あっす、すいませんアマさん。あ、夜湾くんに彩羽くんも!あ、僕にも1個くれますか?黒」
「あいよ。焼き上がったばっかのがあるよ。どうしたよ鵲。なんか言いたそうだな」
「あ、あの。実はですね…」
†
鵲の話を要約するとこうだ――いかんせん、あ~やその~やすいませんが多いが、そこは割愛させて戴く――
昨晩、鵲の働くコンビニに若い女の客がやって来た。歳は30手前くらい、どことなく幸が薄そうな色白の女。その女が鵲のレジにアメを差し出して言った。
「あの、この辺りに指輪が落ちてませんでした?」
女はやや深刻そうな表情をしていた。鵲は見かけなかった事を告げたが、会計を終えたレシートの裏に【今川焼きあまかわのキッチンカーに行くといいです】と手早く書いて手渡したという。
「来ました?」
「いやっ、来なかったぜ」
「はぁ~、そうですかぁ」
「そういや、その女はレシートどうした?」
「あ~、そこまではぁ……」
「阿呆かいな、ちゃんと書いたところ見せんと分からんやないかい?」
「見せましたよ、こんな感じに」
「へぇ~、ってお前字汚すぎんねんって!」
「もとい、何でお前それ持ってんだよ!」
鵲は絵に描いたような右往左往を見せた。そして鵲が目線を向けた先に……
「いたぁ!」
「あっ!ちょっと!」
「ちょっとちょっと!!」
夜湾と彩羽と鵲が女に駆け寄った。女はやべっ!見つかった!と言わんばかりの顔をして背を向けて三人から逃げ出す。
「待ってお姉さん!」
全力でダッシュをかます三人に俺は言った。
「怖がらせんなよ~」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます