目が覚めると両足がゴボウになっていた

金鶏

 目が覚めたら足がゴボウになっていた

目が覚めると両足がゴボウになっていた…


こいつなに言ってんだと思われるかもしれないが、俺もまだ信じられない。


説明をしろと言われても…膝から先がゴボウになっているとしか言いようがない。


「は?」


俺はもう一度見た。布団をめくって二度見した。それでも足りず三度見した。


「か、母さーん足がゴボウになってるー!!」


俺がそう叫ぶと無視された。きっとこいつはなに言ってるんだ、と冗談でも聞いたような感じなのだろう。


いや、冷静ぶっているが、内心は焦っているどころか、思考がショートしている。


「……」


正直言って、ゴボウの足で立ち上がれるわけがない。


体重をかけた瞬間に折れそうだ。


というより、このゴボウに痛覚あんの?


俺はそうっと、布団の中のゴボウを撫でた。


うん…まるでなんも感じん。体がゴボウに変わったというより、足がなくなって代わりにゴボウになったような気分だ。


てか、このままだと日常生活に不便が生じてしまう…!いやそれどころでもないが…!


「母さんー!とりあえず来てくれ!緊急事態だからー!」


         ♢


「…?どうなってんの?」


母さんは情報量が多すぎて頭を抱えてしまった。


そりゃそうである。突然息子の足がゴボウになっているんだ。見知らぬ人でも、頭を抱えてしまいそうな光景に、なんだか恐怖どころか、笑いが込み上げてしまう…


そこから二時間くらいが立って、頭を抱えていた母親は、立ち上がって言った。


「とりあえず、医者に行きましょうか…?」


母さんはそう言った。そうやって逃げるように俺の部屋から立ち去り、今度は俺の弟とタンカを抱えてやってきた。


当然、弟はマヌケヅラを晒している。


「にいちゃん、エイプリルフールはもう終わったんだよ?そういう冗談は辞めな?」


目の前の現実を受け入れきれずに、弟はそんなことを言った。


俺も、夢ならばどれほどよかったでしょうという気分だよ。


親子共々混乱した様子で俺は黙々とタンカに乗せられている。


そう、あまりにも混乱しているのだ。


混乱で、興奮して、俺の股のゴボウが立っていても、何も言わずに俺はタンカに乗せられる。


「…にいちゃん、こんな時になにを興奮してんだよ…」


……我がマイブラザーのみは律儀に反応してくれた…


「将来、いい漫才師になれよ…!」


これで俺が密かに追い求めていたサッカー選手の夢が潰れたことに、悲しみを覚えながら、弟には夢を諦めて欲しくないという思いを込めて呟いた……


          ♢


「それで容体は?」


焦ったような母の声。


俺は車椅子に乗り、下半身のゴボウをゆらゆらと軽く動かしてみた。


マジでただの足みたいに動くんだよな…


そんな呑気なことを考えていると、医師が頭を抱えて、キョどりだした。


「えーあー、もう、そのまま、足がごぼうになった…という感じです…はい」


あまりのことに混乱しているのか、語調が少しおかしい。


「「「「………わっけわかんねぇ」」」」


少し困惑したように首を振るう家族と医者は考えがまとまらなかったように呟く。


「ただ、やはり足がゴボウになっているのであれば、新種の感染症かもしれませんし、切り落とす必要があるかもしれませんね…」


「そ…そんな…っ!?」


悲壮感を漂わせたセリフを吐かれる。


だが、医者の真剣な目に母も弟も引き下がった。


         ♢


ある程度は覚悟していたが、まぁこうなるだろうな…

「世界一になりたい…」それが俺の夢でもあった。


その俺の漠然とした夢の中で一番近いと思っていたのが、サッカーだった。


「もう、こんな足じゃ無理だよな…」


膝から先がなくなった足と、自分で握っている切断された足…いや、ゴボウを一瞥する。


元々足があったものだから、ゴボウは今まで見たことないくらい立派だった。


涙が出る。そりゃそうだろう。こんな訳のわからないことで切り捨てられる夢があることに悲しみを隠せない。


帰り道、車椅子に乗った俺は冬の澄んだ空気を思いっきり吸い込んだ。


車に乗り込む。そして走り出した。


窓から見える空は、まるで俺の心を代弁するかのように曇っていた。


         ♢


当然のように俺は引きこもった。学校にもいく気は出なかった。


今では、ただの世間知らずなただのガキのセリフだったように思える。


世界一なんて、なれるわけがなかったんだ…


その俺の思考をシャットダウンする声が扉の向こうから響く。


「あなたのゴボウ…きんぴらにしてみたの。食べてみない?」


「…………………………………今いく……」


流石に、俺の体の一部だったものが食われるのだ。それを、見届けるのも俺の責務のような感じがした。


リビングに行く。


そこには、弟がいた。テーブルに腰掛け、不安そうな表情を浮かべている。


母は弟の隣に座った。


俺は弟と対面するように座った。


父親はいない。母さんが柔道の世界チャンプになって、数年で離婚した。


弟も、母さんも、躊躇いがちに俺の一部だったものに箸を伸ばす。


俺も静かに取った。


………不本意ながら、すごい美味い。……本当に不本意ながら…


「うん…美味しいよ…」


母さんも弟も口を揃えて言う。


「兄さんは、世界一美味しい兄さんだ」


ああ、本当だ。これも、ある意味の世界一か…


だけど、世界一の代償が、両足なんて…そりゃねぇよ…


いや、母さんも、何かを犠牲にして、世界一になったのだ。最愛だった人と離婚してまで手に入れた世界一の称号…


「ははっ…」


暖房の入った部屋で暖かい夕飯を食べながら、きんぴらに手を伸ばす。


自然と自嘲の笑いが漏れて、頬には暖かい涙が浮かんだ。


「世界一って…厳しいな…」


それが実際に世界一になって生まれた、正直な感想だった。


                 《完》
















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