②魔勇者を倒す前に迷路食堂で腹ごしらえ
しばらく行くと、壁に木製のドアがあり『迷路食堂』の看板が、壁から突き出た金具に吊り下げられているのが見えた。
レミファが言った。
「ここで、腹ごしらえをしていきましょう……この先は、魔勇者が増築させた城へ続くトラップ迷路」
「まだ、食べるの? さっきゼリースライムを食べたばかりなのに」
「小腹が空きました」
食堂の中に入ると、村娘姿のウェイトレス
「『迷路食堂』にようこそ、空いている席にどうぞ」
彩夏たちは、隅の空いていたテーブル席に座る。
店内は人間の客と、異形の客が特に敵対する様子もなく、ごくごく普通に食事をしていた。
店の壁には、料理名が書かれた沼ドラゴンの竜皮紙が貼ってあった。
一つ目のウェイトレスが、彩夏たちの席に水を運んできてオーダーを聞く。
「二杯目の水はセルフサービスですから……ご注文はお決まりですか?」
彩夏たちは『気まぐれシェフの・お任せ肉の大皿盛り合わせ』を注文した。
料理が出てくるまでの間、店内の客同士の会話が耳に入ってきた。
「本当だって、迷路の中で見たんだよ……薄暗い迷路を歩き回って遊んでいる、十四歳くらいの少女を」
「オレも見た、笑いながら迷路の中を城の方へ走って行った……幽霊か?」
そんな会話を聞いている間に、赤身肉の塊のような全身に目がある、百目族のシェフが大皿に盛られた塩蒸し肉料理を運んできて言った。
「『 気まぐれシェフの・お任せ肉の大皿盛り合わせ』お待ち、塩蒸ししたばかりで熱いから気をつけて食べてくれ……謎肉があったら聞いてくれ、説明するから」
ヤザが背中に岩塩の結晶が生えている、トカゲを摘まんで口に運ぶ。
「うむっ、少々しょっぱいが、美味美味」
百目のシェフが言った。
「お客さん、それは味つけの塩トカゲで普通は食べないものですぜ……あんたたち、もしかして魔勇者を倒しに行くのかい?」
レミファが骨つきの紫色をした肉に、かぶりつきながら答える。
「そのつもりだけれど」
レミファの言葉に店内が一瞬静寂する。そして、一部のパーティーを組んでいる人間たちの間から哄笑が起こる。
笑いに混じって、小バカにしたような会話が聞こえてきた。
「また、バカが迷路に迷い込んできやがった」
「まったくだ、お子さま気分のお遊び迷路と勘違いしてやがる……魔勇者さまの魔力で、返り討ちにされて泣きながら逃げ帰るのが関の山だ」
ヤザとレミファとヲワカはニヤニヤしながら。腐れ勇者の軍門に下った、人間たちの話しを聞いていた。
やがて、小腹を満たして椅子から立ち上がったヲワカが言った。
「そろそろ、行くでありんす……彩夏どの、いや異名『カキ・クケ子』どの」
彩夏の異名を聞いた人間と、異形の者の表情が固まる。
「カキ・クケ子だと……悪魔の赤い傭兵」
「マジかよ、ついにこの迷路に呪われた赤い傭兵が来たのかよ」
彩夏たちは迷路食堂を出て迷路を進んだ。
やがて迷路は、ガラッと雰囲気が変わり石レンガの陰気な迷路へと変わる。入り口の案内プレートには『この先、一般客の侵入禁止』の文字が、さらに進むと壁には。
生命保険の宣伝プレートや墓石専門店の宣伝プレート、葬儀屋の宣伝プレートなどが目立つ位置に貼りつけられていた。
一番後方を歩きながら、彩夏がレミファに訊ねる。
「ねぇ、さっきなんで。あたしの登録名を聞いた途端に、食堂にいた人たち沈黙したの?」
「彩夏どのは、知らない方がいい」
「教えてよ……なんか変なのよね、いつも戦いの途中で意識が途切れて。気がついたら戦いが終わっていて……敵対する人間が怯えている……いったい、あたしの意識が飛んでいる間に何が起こって? おわぁぁ!?」
いきなり、彩夏の足元の床に四角い穴が開き、彩夏の体が暗く深い穴の中に落下していった。
穴の中から「グギッ」という嫌な音が聞こえた。
迷路の壁がクルッと回転して、魔勇者の軍門に下った、腐れパーティーの人間たちが壁の裏側から現れた。
腐れパーティーの数名が歓喜の声で言った。
「やったぞ! 食堂でメシを食っていた仲間から、悪魔の赤い傭兵がそっちに行くから注意しろと連絡を受けたけれど、たいしたコトなかったな」
「この穴に落ちて生きているヤツなんて……んっ、今なにか聞こえなかったか? 穴の方から?」
男がそう言った時。穴の縁に白い女の指先が現れた。
「あ"あ""あああ……あぁぁぁ」
地の底から聞こえてくるような不気味な女の声が聞こえ、首が妙な角度に曲り、全身が紫色と緑色を混ぜ合わせたゾンビ色に染まった彩夏が、落ちた穴を這い上がって現れた。
片方の眼球が抜け落ちて、ぽっかりと黒い眼窩が開いている。
「あ"あ"あ"ああああぁぁぁぁ……あぁ」
ヨタヨタと迫ってくる顔色が悪い彩夏を見た男たちが、恐怖の絶叫をして逃げ出す。
「こいつ、神に見放された呪われたゾンビ属性だ!」
「近づくと不幸になるぞ! 逃げろ!」
男たちが慌て逃げ出して姿が見えなくなると、彩夏に近づいたレミファがゾンビ化した彩夏に、手の平を差し出して。
「お手っ」と、言った。
首をかしげた状態の彩夏は、犬のようにしゃがむとレミファの手の平に手を乗せて、お手をした。
レミファが言った。
「さあ、魔勇者がいる城の広場に向かいますぞ……彩夏どの」
「あ"あ"あ"ああ……あ"あ"ぁぁ」
今度は彩夏を先頭にして迷路を進む。
壁から飛び出してきた槍が、彩夏の頭を貫通したが自己再生力で赤い頭蓋骨の穴はすぐにふさがった。
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