第50話 或る記者の手記10

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「詭弁だッ!!!」


「その通り!!詭弁です!!

 ですが彼はそれを求めていたッ!!!

 贖罪を!罰を!憎む対象をッ!!!

 友人を『悪』として扱いたくなかったから!

 彼はその罪の、憎しむべき所在を、自分にしか向けられなかった。

 だから、私は、それを与えただけ」


 私はどうしてか感情を抑えきれずに立ち上がっていた。

 椅子のひじ掛けを思い切り殴りつけて、目の前の悪人を糾弾して叩きのめしたいと飛び上がっていた。


 フレードルは飛び出してきた私を押さえつけるように言葉を被せた。

 いつのまにか彼の顔は鼻先が触れそうなほどに近かった。


 アルカイックスマイルならば聞いたことのある言葉だが、今の彼の顔は、果たしてどう形容すればいいのだろう。

 言葉の上では悲しそうな感情を乗せているのに、その口元は『引き攣っている』と言っていいほどに、笑っていた。


「彼は自分の不甲斐なさを憎んで憎んで憎んで、それでなんとか今回の一件の結末に折り合いを付けようとしているのです。

 本当は事件のあらましなんて予測がついていたのに、『もしかしたら先生が全て悪かったのではないか』なんて淡い期待でここを訪れて。

 私が勿体付けて話せば『怒ったフリ』なんかをしてみて。

 内心では『自分ならば、自分がもっとこうしていれば』そんな後悔に押しつぶされそうになっていたのに。

 だから『聞きたいことがある』なんて嘘を吐いて、自分を誤魔化すように。

 本題なんて先延ばしにして、じわじわと真綿で首を絞めるように。

 滑稽です滑稽にもほどがある。

 彼がここに来てやったことは、ただ自分を痛めつけるような自問自答。

 友人を殺しかけたその手のナイフを降ろす場所を見失っておろおろしているだけ。

 友人を心から思っている素振りで、友人が本心から持っている望みすら認めることが出来ず。

 『友情』なんて傲慢な感傷で、友人が犯した罪の一切から目を逸らす。

 愚かで滑稽な、そんな生徒に、私は望むままに罪と罰を与えたに過ぎないのです」


 フレードルの言っていることは、きっと正しいのだろう。

 のちに英雄と呼ばれる少年の、幼少期の苦い経験。

 ヴァルバス氏は様々な痛みを積み上げて、そこから生まれた階段を一歩一歩上ってきたから、今があるのだろう。


 けれど。 

 この男の言っていることが正しいことで、事実少年が贖罪の機会を心から求めていたとしても。

 なにか違うんじゃないか。

 なにか彼の心を軽くしてやれたんじゃないか。

 そんな漠然とした反抗心が、目の前の男をただ睨みつけるだけの行為に成り下がっていく。

 どうしてあいつを言い負かせない。

 どうしてちゃんと言葉にして『お前は間違っている』と言えない。

 どんなに映像の中の彼が愚かと呼ばれる葛藤に苛まれていたとしても。

 徒にあの少年を傷つけていい理由にはならないはずなんだ。


 けれど言葉にならない。

 言葉が、わからない。


 目の前の『悪人』を睨み殺したかった私の瞳は、脳が勝手に何かを諦めた後に、降ろした瞼と共に下がっていく。

 重い瞼は緩やかに閉じて。開いたころには視線は男の胸元辺りまで落ちていた。

 食いしばった歯は、折れてしまうんじゃないかと思うほど力を入れたつもりでいたのに、実際は歯が少し擦れてからっと軽い音を鳴らすだけで、顎からは自然と力が抜けていく。

 押し投げたつもりだった椅子は、思ったよりも近くにあって。

 私はひじ掛けを感覚で探り当てて掴むと、未練がましくゆっくりと椅子に座った。


 何も言い返すことが出来なかった。

 けれど、その瞬間はもう、悔しいとか怒りだとか、そんな激しい感情も霧散していた。

 ただただ深く鼻から溜息を流し、少し重くなった肩の力を抜く。

 感情的になりたい程だったのに、もう感情に疲れてしまったかのように体が諦めてしまった。

 どうせ今この男を言い負かしたところで、なんにもならないじゃないか。

 そうやって無力な自分を無気力に慰めた後に、残ったものは。

 ああ。ヴァルバス氏も、こんな風に疲れてしまったのかもな。といった、押し付けのような共感だけだった。


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