第47話 或る記者の手記7
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「むかしむかし。ちいさなちいさなドワーフの少年がおりました。
少年は、元々小さな種族である一般的なドワーフと比べても、殊更小さく、力も弱く産まれました。
偉大なエルダードワーフの血を継いだ少年は、小さい代わりに膨大な魔力を持って産まれました。
神は彼を無力なだけの存在には作らなかったのです。
しかし、残念なことにボタンの掛け違いのようなことが起こります。
ドワーフの少年は、体の外側に放つ魔法がとても苦手だったのです。
彼の持つ膨大な魔力は、彼を偉大なる魔法使いにはしてくれませんでした。
じゃあ、体を強くする魔法を覚えよう。
当然のようにそう考えました。
しかし彼の体はその膨大な魔力の全力の強化に耐えられませんでした。
決して体が弱いわけではなかったけれど、体に魔力を籠めすぎると肌から張り裂けて出てきてしまう。
彼が魔力を体に流すと、そんな風に無理のある強化になってしまうのです。
彼の持つ膨大な魔力は、彼を『そこそこの戦士』くらいにしかしてくれませんでした」
フレードルが子供への寝物語のように始めた昔話。
ふざけているようで―――実際におちょくっているのかもしれないが、語り口は丁寧な「教師」のそれだった。
ヴァンダルムは黙ってそれを聞く。
少し冷静さを取り戻したお陰で聞く耳を持ったのか。し
かし今思えばその時の彼の表情は『聞かなければならない。知らなければならない』と覚悟を決めたような神妙な面持ちだったのかもしれない。
「少年には冒険者の父がおりました。
父は古くからある商家だった家を飛び出し、大きな斧一本で強大な魔物と戦う偉大な冒険者でした。
少年は父に憧れていました。
自分もいつかは父のように強い戦士になりたい。
そんな夢を持ち頑張ってみました。
実家の伝手を使って戦いの先生を呼んでみたり、それこそ父に直接教わったりもしました。
そこで気が付いてしまいました。
自分にはどうも無理なようだと。
たとえば冒険者になっても、『そこそこ』どまりで父と同じくらい強くはなれないようだと。
けれど彼は前向きでした。
憧れは憧れ。夢は夢。
割り切って自分は商家の仕事を継ごうと。
別にそれだけが幸せじゃあないさ。そんな風に自分を誤魔化しつつも、決して腐ったりはしませんでした。
ただ一つ。心にしこりがあるとするならば、それは彼の持つ膨大な魔力。
神はなぜ少年にそんな力を与え、そしてなぜ『使えない』ように彼を産み落としたのか。
才能が欠片もないならもっとスッキリできたかもしれない。
逆にあと一ミリでもその力を引き出せたなら、もっと頑張れたかもしれない。
そんなわだかまりをずっと胸にしまいつつ、それでも段々と切り替えていって、商家の跡取りとして勉強していました」
フレードルはそこで一旦話を止めた。
軽く俯き気味に、顔に影を落とす。
何拍かの沈黙。
そして「まあ、諦めて割り切るにしても見切りが早過ぎる気もしますがね」と自分の寸感を吐き出す。
昔話のリズムを崩さないようにして、それでも頭に浮かんできた言葉を無視するでもなく吐き出した。
「思わず漏れ出た」というより「言葉にしておかないとと気が済まない」そんな雰囲気だった。
「さて、場面は少年の初めての行商に移ります。
彼の実家では行商という行為を特別に大切にしていて、なんと社長だろうがなんだろうが定期的に行商をして初心に帰るんだそうです。
当然偉い人にはそれなりに優秀な護衛が付くようになります。
その日の少年には偉大な冒険者だった父が護衛として付きました。
少年が生まれる時には既に冒険者は引退していましたが、それでも父は見たことのある戦士の誰よりも強い人でした。
なのでその旅はすこぶる安全であり、どちらかというと親子水入らずの旅行と言った様相でした。
しかし事件は起きてしまいます。
親子の乗った馬車の幌に、突然火矢が放たれたのです。
それを放ったのはその数か月前に祖父の馬車を襲った盗賊団でした。
大層偉い立場の祖父も定期的に行商するのが習わしです。
その時も盗賊団は祖父の護衛にあえなく撃退されてしまいました。
盗賊団はその時仲間が何人も死んで、今回はその逆恨みに同じ商会の馬車を襲いに来たのだそうです。
まあ当然偉大なる冒険者だった父に敵うはずもなく。
せっかく数か月かけて新しく集めた仲間もすぐにやられてしまいました。
しかし面の皮の厚い盗賊団の頭領は、その面の皮ほどではないにせよ守りが厚い男でした。
防戦一方ではありましたが、父の激しい戦斧の猛攻をなんとかしのぎます。
しかしそれもまた刹那のこと。
明らかに押されていって、すぐに片が付く。
父もそんな風に勝利を確信した瞬間でした。
背にしていた岩山から、大きな岩が降ってきました。
大岩は頭領の命を吹き飛ばし、なんとか直撃は避けた父の利き腕を折りました。
大岩をすさまじい勢いで投げ落としたのは大猿でした。
その大猿は特に狡猾で凶悪だとして『名前付き』になるほどの魔物でした。
本来の生息圏はもっと遠い森の中のハズでした。
大猿はいやらしい笑みを浮かべて、それでも油断なく俊敏に父に襲い掛かります。
利き腕を失った父に、現役を離れて久しい父に、この状況を乗り越えるだけの力は、残されていませんでした。
あっけなく大猿の薙ぎ払うような腕に吹き飛ばされ、岩山に叩きつけられた父は身に着けた防具と一緒にくしゃりと潰れました。
たまたま運悪く大猿は近くまで足を運んできていた。
たまたま運悪く盗賊に足止めを食らった。
たまたま運悪く盗賊の頭領が少しだけ強かった。
そのどれか一つでもなければ起こらなかった悲劇。
少しでも歯車がズレれば出会わなかったはずの『死』。
この世界の生き死にとは、こうも唐突で理不尽に襲い掛かる。
大猿は馬車で震える少年を見つけると、凶悪な笑みを更に歪めて、腹に穴を開けていた。
ゆっくりと倒れる大猿。
一瞬過った白い影。
影は風を巻き上げて岩山を吹き上がる。
順々に岩を蹴って登っていく影は、その筈なのにふわりと飛んでいったように軽快だった。
死が這い寄ったこの節の間。
気まぐれに訪れた悲劇は、更に大きな理不尽によって塗り替わっていた。
遠吠え。
焼けて半分燃え散った幌の隙間を見上げる。
岩山の上には真っ白な大狼がいた。
ぱちりと雷を纏わせて、風に乗って消えていく狼。その姿は、少年の目にはなによりも強く美しく映っていた」
フレードルは一度話を区切り、口調の調子に戻してから話を続ける。
「ゼファー君はその壮絶な弱肉強食を体験した結果、狼に強いあこがれを持つようになったそうです。
尊敬する父親は実際に強くて、だけど歯車がズレたように不運が重なれば、一瞬にして死んでしまった。
その儚く、理不尽で、残酷な世界で見た、真っ白な狼は、彼の価値観を壊すのに十分すぎるほど美しかったと仰っていました。
『狼に命を救われたから』とか、『尊敬する父を超える強さに憧れたから』とか、そんな単純な理屈じゃありませんよ?
とにかくその姿が『美しかったから』。
だから彼は狼になりたくなったんだそうです」
『狼になりたい』なんて夢を当然のように話すフレードル。
別に強く感情を動かすでも愉快そうにするでもなく、その視線は遠くを眺めるように机の模様をなぞっていた。
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