第46話 或る記者の手記6

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 私はあんぐりとマヌケに口を開いてその映像を眺めていた。


 決して鮮明とは言えないその映像記録は、しかしヴァルバス氏の気迫のようなものまで感じられる迫力があった。

 愚かにもこれが今現在、目の前で行われているやりとりであるかのようにすら感じられていた。


「ああ、そうだそうだった……!この時期の映像記録魔道具は、まだまだ発展途上でしてね?

 連続で記録できる時間が限られているのですよ……。

 この時は確か……大体一時間弱くらいだったかな……?」


 フレードルはそう言いながら奥の部屋に向かう。


「自動で切り替わって次の一時間も問題なく記録してくれるシステムは作ったので、この先の記録が無い、なんてことはないのですがね……。

 あったあった……!

 その記録媒体が分かれてしまってかさばるのと、どうしても切り替わりのタイミングで映像が一度途切れてしまうのが本当に苦痛で……もちろん今ではもっと大容量の記録媒体の開発に成功しているので!もっと長時間のが可能です!」


 自慢げに言いながら新しい水晶を用意し、壁の窪みにはまっている水晶と入れ替えて嵌め込む。


「この映像記録は防犯と研究記録用に開発したものなので、魔力の流れなんかもある程度記録できるようになっているんですよ!

 誰がどのように魔法を使ったかわかったほうが色々と便利ですからねえ」


 フレードルは懐から杖を取り出すが、ふと何かを思い出した様子で動きを止めた。


「ああ、それにしても当時を思い出すととても愉快ですねえ……。

 ヴァンダルム君ったら……なかなか本題を話さないから……」


 一体何がだというのか。

 呆気に取られた私はただ彼が独り語りをするのを見ていただけだったが、その一言に引っ張られるように意識がじんわりと現実に馴染んでくる。


 もしかしたらこの後「実はすべて誤解で、早とちりで衝突寸前になってしまっただけでした」とかいうオチなのだろうか?

 でなければ、ヴァルバス氏があれほど怒りを露わにした映像の後で「愉快」だなんて言葉が出るとは思えない。



 そもそも「転生者」とはなんだ?「体を乗っ取った」とは一体どういうことだ?


 今見たものは決して舞台上の演目などではない。実際にあった出来事だ。


 だけどあまりに意味がわからない話が続いて、全く頭が追い付いていない。


 いや「意味が解らない」、というのは正しくないな。

 言っている内容は理解できていた。

 正しく全てを理解しているとは到底思わないが、それでも話の流れを追える程度の説明はある内容だった。


 楽しそうに笑うフレードルの姿を見て、「愉快」だと笑う彼を見て、急速に思考が回り始める。


 『ゼファー君』とはヴァルバス氏が当時心を許していた友人の名前だったと記憶している。


 あの事件以降その少年はとなって……待て……?どうして老舗商会の子息がになったのに「プロローグ」はまるで「めでたしめでたし」のような締めで幕を下ろせたんだ……?彼の不明は事件とは関係ないものだった?だとしてもどうしてヴァルバス氏はそのことに言及しなかった?あれだけ良く想っていた友人だと書いていたのに?じゃあゼファーの失踪は事件と関係ないことだとして、それならどうしてヴァルバス氏は「狼事件」がメインの話であれほどゼファーについて語っていた?ただ友人との思い出を語る為?ありえるが、しかし、いや、そんなことはどうでもいい。


 とにかく思考が混線した。

 一度湧き出た疑問は、本当に知りたいことを押しやっていく。

 ヴァルバス氏が投げかけて、フレードルが認めた言葉。

 その内容があまりにも衝撃的すぎて、自分の中にいる良心の化身のようなものが「考えるな」と警鐘を鳴らしている。

 深く考えてしまえばきっと、マスコミとして立派に生きた結果多少汚れてしまっているであろう私のささやかな良心でさえも、しくしくと縮こまって痛みを訴えてくるだろう。


 知りたいという欲求は当然のように私の前髪を引いていくのだ。

 だけど気が付いてもいる。これはよくない話だと。


 大仰に表現して現実逃避を繰り返したが、「ゼファーという少年」を「狼」に「変えた」と聞こえた。聞こえてしまった。


 じゃあヴァンダルム少年が満身創痍となって殺しかけた狼は。

 行方不明となったヴァンダルム少年の友人は。

 幼いヴァンダルムは一体何と戦って、何を失って、英雄と呼ばれてしまった?



「ねえ?あなたもそう思いませんか?」


 お互いに一人の世界に閉じこもっていたようだ。

 彼はとにかく楽しそうに、私は急に足場が不安定になったようにぐらついて。


「なにが……ですか……?」


 お互いにそこに人が居たことを改めて気が付いた、そんな風に意識を向けなおす。


「ヴァンダルムくんですよ!見ましたか?彼の姿。話し方!

 本当は聞くまでもない、自分で答えに辿り着いている真実。

 そんなことを聞きに来たんじゃないのにいかにも『順を追って質問をしなければいけないから』といったふうに自分を誤魔化している……!


 聞きたいことはたくさんあるといった。

 けれど本当は彼に聞きたいことなんてないんです!

 ええ!全部推測を立てた上で来ているんです!

 彼の洞察力はあの森での事件の真相をしっかりと捉えているんです!

 なのに!どうしてわざわざ聞き直すのか!


 彼はここにきて逃げ回っている!

 知りたくないと自分に嘘をついている!

 彼の中でどうしたいかなんてとっくに答えが出ているのに!


 私が全て悪いのだとその拳で断罪するでもなく、自分の推論を証明するための答え合わせをしに来たわけでもなく!

 彼がわざわざここまでやってきてしていることは紛れもない逃避!回り道!


 ああ。なぜでしょう?なぜでしょう?

 殴りたい相手なんて初めからわかっているのに、どうして素直に殴れないのでしょう?

 歯を食いしばり耐える必要なんて本当なないのにどうして我慢するのでしょう?

 彼はどうしようもなく自覚しているのです自分がどれほど愚かでその結果がこの苦しい結末だったのだとだから彼はここまで来てまだ逃避をするのですだって自分では何もしてこなかったからそして未だに自分では何も決められないから!!!


 ……これほど滑稽で愉快なことはないでしょう?

 あれほどの力を持って産まれて、何にだってなれるし、何処へだって行けるのに。

 未だに彼は独りで殻の中から出てこれないんです。

 この世で最も恵まれた人間として産まれて、それで演じるのが愚者の道化なんてね。

 愉快なこと、この上ない」


 フレードルは息をするのも忘れて捲し立てた。

 抽象的で感情的で意味が解らない。

 ただ彼の言う「愉快」は決して私にとってそうでないことだけは確かだ。


 目を背けたい真実があって何が悪い。

 私の中に芽生えたのはそんな不快感だった。


 ヴァルバス氏はあの「狼事件」のあった後、数週間の入院生活を送ったそうだ。

 病室のベッドの上、終わりの見えないと感じられるほどに与えられた、思考にふけるしかない余暇。


 彼はきっとあの森で倒れる直前、女に化けたフレードルに掴みかかった時にはもう気が付いていたのだ。

 自分が「何」と殺し合っていたのかを。


 彼は何を思っただろう。

 どれほど苦しんだのだろう。

 どれほどこのふざけた狂人を恨んだことだろう。


 それを思うと、まるで自分が映像の中の彼と混ざり合ったかのように共感に支配されていく。


 映像の中の彼のように、私は椅子にしがみつくように座りなおす。

 足場は不明瞭に感じて支えがないと落ち着かない。

 きっと映像の中の彼もそんな気分だったに違いない。


「……さあ。流石にそろそろ続きを見ましょうか」

 


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