第45話 或る記者の手記5
「最初に、確認したいのは……あなたは、模擬戦の時に担当してくれた、あの、女の、先生、ですよね?」
ヴァンダルムは俯いたまま問いかける。
椅子に座って几帳面に閉じている足を、食いしばるように爪で握りしめていた。
「ああ。やはり、気付いていらっしゃったのですね」
フレードルの声色は「なんだそんなことか」といったようにそっけない。
しかし何かに気が付いたかのように次第にその表情は笑みを作っていく。
「研究の副産物でしてね。残念ながら適正の無いものに飲ませると副作用が強く出てしまうような未完成品ですが、飲むと見た目と性別が変わる薬です。
思いのままに望んだ姿に見た目を変える効果も方法もありませんので、変装やお遊び程度にしか使えません」
そういうと近くの机から緑の液体が入った平底フラスコを掲げるように取り出す。
「そういえばあなたも……適正がありそうですね。
よろしければ帰りにお土産で持って行ってくださいな。
使用できる人間が今のところ私しかいないので、余っているんですよ」
作りすぎた晩御飯をお隣のお宅におすそ分けするような気安さで語ると、ことんとフラスコを机に戻す。
ヴァンダルムはその微かな音をきっかけにするように、今度はまっすぐにフレードルを睨みつけた。
「あなたは……おまえは……!私と、同じ、転生者か……?」
「ご明察です」
恐る恐る問いかけるヴァンダルム。
つまらなそうに言葉を被せたフレードルとは対照的だった。
「正確にはあなたとはちょっと違う生まれ方をしたのですが……。まあ、それはとりあえずいいとして。
一応、どうしてその考えに至ったのか、伺っても?」
「お前はギルベルトのことを『モヒカン君』というあだ名で呼んだけど、この世界に『モヒカン』なんて言葉はないんだよ」
「なるほど。それがきっかけで怪しんだ、という感じですね
では、私が女講師と同一人物だと気が付いたのは?」
「杖もその振り方の癖も魔力の運用も何もかも一緒だった。……隠す気もなかっただろ」
「ええ。そうですね。ちなみにあの姿のことはヴィヴィアンも知っています」
まるで人と話すリハビリをしているかのようにゆっくりと、一つ一つ階段を上るみたいに『答え合わせ』をしていく。
感情が昂っていたのが原因か、それとも本人の性質の問題か。
幼いヴァンダルムを客観的に見たら、明らかにスムーズに話すことができていなかった。
「私と生まれ方が違うってのはなんだ?」
「ああ。私の場合は『既に何十年か生きた人格』に転生したんですよ。
『私』が意識を取り戻した……という表現で合っているのかはわかりませんが、とにかく自我がハッキリとしたのは、既に『フレードル・ノベタンスキ』という人物が出来てしまった後だったのです。人格的にも、社会的にもね」
「フレードル・ノベタンスキとして産まれた、というより、フレードル・ノベタンスキの体を乗っ取った……ってことか?」
「あー……。ええ。その認識で間違ってはいないですよ」
次々と会話を重ねていく。
ヴァンダルムの言葉は、「話し方を思い出した」という感じで段々とスムーズになっていく。
それと反比例するように、フレードルの口調はどんどん投げやりになる。
まるで楽しみにしていた公演の前座で、興味もわかないような知らない芸人が長々と芸をしているのを、白けた視線だけ送ってやり過ごしている、そんな態度だった。
一方ヴァンダルムは割れてしまった大切な花瓶の破片を、一つ一つ大事に拾い上げるように言葉を紡ぐ。
いくら大事にしていても、その花瓶はもう花を挿すことも、水を貯めることもできないのに。
本当は「大切にしていた花瓶」はもう飾ることはできないのに。
まるで慎重に欠片を拾い集めれば元に戻せるんじゃないか、そんな風に自分を騙しているかのように。
次の言葉を探す。
山ほどある「聞きたいこと」のうち、どれから順に聞き出そうか悩んでいるのか。それとも―――――――
「じゃあ、お前の研究は――――――」
「ねえ。本当にそれが『聞きたいこと』……なんですか?」
焦らされて催促するかのように言葉を被せる。
本当は『彼ら』は知っている。
今までの質問の答えも、一番に何を聞きたいのかも知っている。
それなら無駄に思えるこの時間は……。
儀礼的なもの?心の準備?上手く言葉にできないもどかしさ?
すべて違う。
ヴァンダルムは一際フレードルを睨みつける。
すべての悪がそこに集まっているのを、視線で殺してしまおうとする。
「ゼファー君を狼にしたのは、お前か?」
「ええ、そうでs」
爆音。
瞬きをして目を離したわけでもないのに、気が付けばフレードルの目の前にはヴァンダルムが迫っていた。
歯をむき出すようにして、目を血走らせて、いかにも「お前を殺してやる」と全身で表している。
けれど彼の手はフレードルには届かない。
ヴァンダルムとフレードルの丁度間。
そこから、『膨らむ寸前のシャボンの膜』が伸びていた。
爆音はヴァンダルムが椅子を蹴り飛ばした音ではない。寧ろ椅子は綺麗に座っていた時の姿そのままだった。
一瞬で突撃し、彼らの間にあるシャボン膜にぶつかった音。
それがフレードルの声をかき消した爆音の正体だった。
「おやおや……これは凄い……!この『壁』って、こんな感じに伸びるものなんですか……?
普通だったらそもそも弾かれてしまうか、それこそ普通に『壁』と押し合うように物体は止まるはずなんですが……」
その驚愕は掛け値なしの素の表情なのだろう。
目を見開くフレードルの表情からは恐怖よりも驚愕と歓喜が感じられる。
口を無意識に開け広げて、口角が少し上がっている。
予想外が過ぎて、笑うしかない。そんな表情だった。
「とりあえず……一旦落ち着いてくださいな。『フレア』……!」
耳馴染みのない呪文。
フレードルは杖を三本指で摘まむように持つと、肩口から手首のスナップだけで軽く振ってそれを唱えた。
杖の先端から光の線が飛び出る。
シャボンの膜に捕らわれたヴァンダルムに光が差し込むと、彼の体は後ろに引っ張られるかのように吹き飛んだ。
そのまま綺麗に椅子に収まると、困惑の表情を浮かべながらも、ヴァンダルムは少し冷静さを取り戻していた。
『相手が何をしたのかわからない』ことが、それだけ彼の心には衝撃だった。
彼をクールダウンさせるのに、その衝撃は頭から冷水を被るより効果的に働いた。
「まあまあ。順を追って説明しますので。そんなに思い込もうとしないでくださいな」
ヴァンダルムは感情を抜いた表情を作り直してフレードルを見た。
何を言うでもなく、続きを促す。
先程の一幕など初めからなかったかのような振舞いに、フレードルは気にした様子も見せずに話し始めた。
「そうですね……まずは、昔話からしなくてはならないでしょうね……」
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