第44話 或る記者の手記4
ざらざらとした映像がしばらく映し出される。
ぱつんといった音と共に、この部屋を斜め上から映した画角で映像が始まった。
映像投射を見たことがあった私は思わず辺りを見渡す。
しかしこれは『記録』なので、当然今の映像を映したものではないと気が付くと、少し照れ臭くなって映像に視線を戻した。
映像にはフレードルが映っていた。
もちろん私はいない。
改めてこれは『過去の記録』なのだと、未知に対する感動がじんわりと掌を濡らした。
映像からがたんと扉の開く音が聞こえた。
現れたのは『ヴァンダルム・バルフトゥム・ヴァイザル・ヴァルバス』その人。
幼い姿は初めて見るが、その意思の強そうな瞳は、遠目から眺めたことのある今の彼のイメージそのままだった。
――――――――――――
「おや。よくここがわかりましたね」
フレードルは何かの作業中だったのか、来客に気が付くも手は止めないままに声をかける。
「……先生。お尋ねしたいことがあり、ます。それはもう、山ほど」
ヴァンダルムは何かこみ上げるものをこらえているかのように、言葉の一つ一つを重要なものだと主張するように、絞り出しながら声を発する。
「それは『先生』として、質問にはしっかり答えなくてはなりませんねえ。
……それにしても、どうやってここを見つけたのですか?
偽装はちゃんと機能しているようですし、『入り口』が壊された様子もなさそうですし。
……まあ、夜が更けてしまったとはいえ、明日は学校もお休みです。よろしければゆっくりお話ししましょう?」
話を逸らすような口ぶりだったが、フレードルにとってはあくまで自然体の問いかけだった。
それに対して少しだけ苛立ちを覚えたのか、部屋の端で作業をしているフレードルにも届くような音を立てながら、ヴァンダルムは大きく鼻で息を吹き零す。
まるで必死に自分を抑えているような仕草に、それでもフレードルは動じた様子もない。
あくまで自然なままに作業を中断し、杖を振って椅子を二脚引き寄せた。
「まあまあ、座ってください。お茶は……丁度切らしてしまってますね。
お水で良ければ出しますけれど?」
「いや……大丈夫です」
ヴァンダルムは素直に勧められたまま椅子に座る。
それを見たフレードルはもう一脚の椅子を更に自分の手元まで引き寄せると、それに座る。
ゆっくり話をする、という割には距離が離れている気がするが、ヴァンダルムは気にした様子がない。
彼にとってこのくらいの距離はないも同然だから、なのかもしれない。
「それで、どのようにして?ここの隠蔽は結構自信があったんですが」
どうしたってフレードルは学者肌な人間なのだろう。
一度気になったことは知りたくて仕方がないといった様子で、無邪気に語り掛ける。
ヴァンダルムの発する重苦しい空気などまるで気に留めていない。
「……この学校に初めて来た時、馬鹿でかい馬車道に違和感があった。その時は何も気づかなかったけど。
馬車道を通った生徒達は、みんな揃って……なんていうかぼけっとしていたんだ。
まるで理性とか思考力とか、そういうものを少しだけはがされてしまったように。
はじめは気にもしてなかった。けど翌日気になって、違和感を前提にしてあの円形道を辿ると、微かに魔力を吸われる感触があった。
そしてその魔力はそのまま円形の地面を周り、最後は中心の彫刻に集まっていく。
多分だけど、通った魔法使いの魔力を、気が付きにくいくらい少しずつ吸収して、『何か』の運営と隠蔽に使っているんだろう。って気が付いた。」
たどたどしく語る姿は、ここに来た目的を忘れないために自分を律しているのか。
いつのまにか敬語も忘れて話す彼の姿は、感情を抑えているというより、むしろ抱いた感情を忘れないために意識を削いでいるといった様子だった。
「すばらしい……!その違和感でここまでたどり着くとは……!
確かに。ここの生徒は皆優秀ですからね。魔力も溢れるほど保有してらっしゃる。
あの陣は基本的にその溢れた魔力を掠め取って利用するものです。
中には取られすぎて副作用で思考力が落ちる人もいたようですが、校舎に付くころには完治する程度です。
しかしそこから推察してここまでたどり着く生徒がいらっしゃるとは……!
いやはや……ですがあなたは例外としてもよさそうですね。
その違和感程度で隠蔽を無視して解除方法まで見つけ出すのは、ヴィヴィアンでも難しいでしょう。
彼女なら何かあると感じ取る所までは可能でも、精々吹っ飛ばして無理矢理こじ開ける、といった最終手段を取ることになるでしょう」
疑問が解消されたことと、その上で自分の『作品』に決定的な穴がなかったことに、フレードルは満足げに頷く。
「さあ。話を逸らして申し訳ありませんでしたね。それで、尋ねたいこととは、一体なんでしょう?」
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