第43話 或る記者の手記3
始めの方はタイルの模様で明るめの彩りも見られた螺旋階段も、二、三週ほど降りるとすぐに無骨な壁面に変わった。
申し訳程度に橙色に光るランタンが掛けられていたが、月明かりが届かなくなる辺りで手摺りを手でなぞらなければ足が震えそうになるほどには薄暗い。
フレードルは久しぶりという割に慣れた様子でワンドの先端に魔法で光を灯しては、スタスタと小気味よく階段を降りてゆく。
気味の悪い暗闇に向かって降りる微かな恐怖心よりも、その時は「こんな所ではぐれて一人になりたくない」という焦燥感に袖を引かれて付いて行く。
階段を降りること十分弱程度だっただろうか。
正直あの暗闇の中では時間の感覚が狂っていく感じがしたので、はっきりとは思い出せない。
とにかくそこそこの長い時間を降りていた感じがする。
すると、ようやく目的地に辿り着く。
「へえ……!地下にこんな場所があったんですねえ……!」
道中会話もなかったせいで殊更に明るく大きな声で語り掛けた。
目の前にいる相手がまさか豹変して化け物に変わる、なんて子供じみた妄想に取りつかれたわけではないにしても、早く会話という人の営みをしないといけないという焦りがあった。
「ええ……。ここはこの学園でも私と、恐らくヴィヴィアンしか知らないんじゃないかな?
もちろん生徒の何名かは入ったことがあるけれど……一応『秘密の部屋』なのであまり人には言わないでくださいね?」
先程と同じように人差し指を口元に当てて悪戯っぽく笑う。
その変わりない仕草を見て必要以上に安心感がこみ上げる。
「そんな貴重な部屋に……!もちろん、この部屋については完全オフレコとして扱います……!」
今日は専門用語が良く出てしまう。
不安からの解放だとか、それともフレードルの人柄に釣られたせいでなのか。
記者同士ならまだしも、取材相手にこれは良くない。
「それはそれは、ご配慮ありがとうございます」
しかしフレードルは耳慣れないであろう言葉も、何ら気にした様子もなく会話を続ける。
頭がいいと文脈を読めばわざわざ言葉の意味を訪ねずとも問題ないということだろうか。
それとも周りに記者の知り合いでもいるのだろうか。
「ここにあなたをお連れしたのは、先程言ったように『雰囲気作り』みたいな理由もそうなんですがね。
実は当時の記録がここにあるはずなのを先程思い出しまして。
何分かなり前の記録なのでどこまで状態が維持されてるかはわかりませんが、手っ取り早くそれを見ていただいて、という形でも構いませんかね?」
「もちろんですもちろんです!むしろそんな貴重なものを見せていただけるとは!」
『記録』とはなんだか良くわからないが、当時の日誌とかそういったものだろうか。
とにかく『当時の』と付く資料。
気にならないはずもなく、殆ど反射的に謝辞を述べていた。
「ではちょっとそちらの椅子にでもお掛けになって待っててくださいね……」
彼が杖を一振りすると、結構な勢いをつけて部屋の奥から椅子が目の前に滑り込んでくる。
大きな音を立てて着地する椅子に少し驚きながらも、おずおずと勧められるまま座る。
「えーっと確かこの辺に……これかな?」
私が座るのを確認せずすぐに部屋の奥へ向かうと、家具で陰になっていてこちらからはよく見えないが、なにか棚を漁っている。
違う。これも違う。
そんな風に大きな独り言を言いながら探すのは彼の癖なのか、それとも私が手持無沙汰になっている空気を緩和する意図なのか。
「おじさん」と呼ばれる年齢になると。周りに返答を求めているのか悩ませるような、厄介な独り言が増えるというが……。
でもなんだか彼の場合はそんな独り言癖も気まずい空気にはならなそうだ。
これも顔が良い人間の特権なのだろうか。
「ありましたありました……!」
そんないかにも「暇を持て余して頭が勝手にやりました」といったくだらない思想にふけっていると、お目当てのものを見つけたフレードルが掌に乗せられる程度の大きさをした水晶を持ってくる。
「これは私が実験記録用に作った映像記録魔道具でしてね?
当時はこの持ち運びしづらい記録媒体に、この部屋全体に装置を張り巡らせるくらいのことをしなければ機能しなかったのでまだ動くのか……うん!よかった。いけそうですね」
……驚いた!
軍事開発された魔道具の中に数年前から存在すると噂されてはいたが、映像記録魔道具の実物を見るのはもちろん初めてだった。
それも使用可能な状況がかなり限定的とはいえ、あの話の当時に既に開発されていたなんて……!
「そ……そんな貴重なものが……!映像投射までは市井に出回っているのは見たことがありますが、『記録』出来る映像魔道具が当時から……!」
「ん?ああ。これの理論が組みあがったのはずいぶん前ですねえ。
なにやら軍事的政治的側面の事情から機密扱いされていますが、もうだいぶ安価に製造できますよ?
むしろ映像投射魔道具の方が完成したのは後なんですよ。
投射魔道具を調べたり参考にすればするほど『記録』の技術に辿り着きづらく……いや、これ、機密だったので秘密にしといてくださいね」
あっさりとこの国の機密を吹き込まれそうになって唖然とするしかなかった。
なにか下手な言葉を漏らした瞬間にどうなるか……。
「逮捕」「反逆者」「国家騒乱罪」といった言葉が頭に浮かんでは、無意味に姿勢を硬直させることで「私は無力な市民です」と必死にアピールするような心地だった。
もちろんその場で咎められることもなければ、「私が余計な知識を付けた」とどこかに漏れることもそうないだろう。
でもそういう話じゃない。
大きな獣に睨まれたら貧弱な人間はじっと固まるくらいしかできなくなるのと、感覚は一緒だろう。
「あー。気を取り直して。じゃあ、当時の映像を流してみましょう!何か気になるところがあれば、答えるので遠慮なく聞いてくださいね!」
誤魔化すように手を合わせて音を出す。
実際は持っていた水晶に軽く触れて「ぺしっ」と小さくマヌケな音がなるだけだった。
彼はせこせこと魔法陣の描かれた壁に向かうと、壁の端にある窪みに水晶を嵌めた。
杖を魔法陣にとん、とんと触れさせると、なぞる。
壁から少し離れた空間に、四角い映像が映し出される。
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