第42話 或る記者の手記2

「ふむ……。まあ、今読ませて戴いた『その後』のお話をしようと思うのですが……。

 ……せっかくですから、当時の状況をよりわかりやすくするために、場所を変えましょうか」


 フレードル・ノベタンスキは顎に手を乗せて悩むそぶりを見せた。

 どこまで話していいかとか、その内容を悩んでいる、というよりも「どういう風に説明したらより理解しやすいか」というところを既に考えている様子だった。


 私も世間一般のマスコミに対するイメージそのままに、下世話な野次馬根性に染まった人間だ。

 せっかく自ら話してくれるというなら、わざわざ言葉を挟んで興を削いだりするのは悪手でしかない。

 そんな風に考えて研究室から場所を移そうとするノベタンスキに付いて行く。



「どうですか?その魔道具。記者さんからみて、使い勝手のほどは」


 研究室のある木造ロッジのような別校舎を出て、目の前の林を抜ける道すがらに世間話を振られる。


 彼が指摘したのは私が手に持っていた鳥籠について。

 人の頭より少し大きいくらいのそれは、先述した音声自動筆記魔道具「オーデテキスタ」だ。


 見た目は完全に鳥籠だが、中に入っているのは生き物ではなく本と羽ペン。

 本は市販のメモ帳を自分で入れたものだが、中で浮き上がっている。

 時折ぱたぱたと羽ばたいては自分で次のページに進み、まるで本の鳥を飼っているようだ。

 羽ペンは周囲の『言葉』を自動で認識し本を埋める。

 これも市販のインクを鳥籠の水入れに入れたら勝手に動く。

 ちなみに魔道具はてんで知識がない私にはどういう原理か全くわからない。


「いやあ。便利ですよ。これ。

 もちろん、言葉になっていない当時の状況については改めて自分で文章化して埋めなくてはいけないし、『えっと』とか『あー』みたいなのも認識してしまうのでそのまま記事にはできませんがね。

 やはり話したことが最初から文字媒体として手元にあると推敲編集がスムーズに進みますね。


 当たり前の話ですが、これがない当時は話す内容を頭で整理しながら自分でメモを取らなければならなかったんですから。

 それが無くなっただけで随分と取材に集中しやすくて、負担がないですね」


「そうですか。それはなにより。

 やはりユーザーの使用感を聞くのが、私としても一番勉強になりますから。

 何か他に改良点というか……気になることがあったら教えてくださいね。」


 私のような下世話な記者ににこやかに対応してくれる上に、向上心にもあふれている。

 当時の私としてみれば「こんな『良い人』な権威がいるものなのか」と彼に対する印象は上がるばかりだった。


* 


 林を抜け、しばらく進むと入り口近くの馬車の停留所に辿り着く。

 この円形道は当たり前に貴族向けに作られたものなので、かなり装飾が華美だ。初めて見た時、庶民に骨まで使った私はかなり圧倒された覚えがある。


 円道の中心には大きな騎馬の彫刻があり、それは噴水になっている。

 彫刻の作りがそのまま芸術品のように迫力があるのは言うまでもないとして、なんと馬が行く道まで美しいのだ。

 地面にはタイルが敷き詰められ馬車の揺れを抑えてくれる。

 そしてそのタイルの並びたるや。

 いや、芸術なんて全くわからないがとにかく凄そうな、不思議な模様になるように並べられている。


「普段この入り口は使わないんですがね。いやあ。当時を思い出します。

 ヴァンダルムくんはあれでなかなか洞察力があるみたいで」


 フレードルは昔を思い出してしみじみとした様子で遠い目をしている。

 かといって足は止まることなく中心の彫刻へ向かっていった。


「……あの……?」


 私は「どこへ行くのか」という当然の疑問も、失礼になるのではないか、彼に悪印象は持たれたくないな、という謎の遠慮に染まってしまい、上手く言葉にできない。


 フレードルは彫刻の前で一度立ち止まると、懐から十五センチ程度の長さがあるワンドを取り出す。

 そしてその先端で「とん・とん・とん」と彫刻の、恐らく決められた箇所に触れた。


 そして最後にくるりと杖をまわしながら、地面にあるタイルに先端でなぞるように触れる。


 軽い振動が膝を叩くように体中を伝える。

 地面が揺れているのだ。

 決して大きくはない「ごごご……」という、石が擦れ合う音が響く。


 何事かと辺りを見渡すと、美しかったタイルの幾何学模様が、伸びたように広がっていった。

 しばらくすると地面は地下に沈む。


 あんぐりと口を開けたまま眺めていたら、あれよあれよとタイルは段となり、馬車道はそのまま地下への螺旋階段となっていた。


「さあ。行きましょうか」


 にこやかな笑顔と人当たりのいい「いい人」という印象は、じわじわと得体のしれない不安感と不信感へと塗り替わっていく。

 その時はまだ明確な理由なんてなかったのに、そんな得も言われぬ不快感が腹の底から滲み出てきたことを覚えている。

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