第41話 或る記者の手記1
「どうでしょう?一応これで彼の英雄譚のプロローグって感じなんですが!」
私は先日一仕事を終えた達成感から、少し気分が昂っていた。
別に感想を求める必要のある相手でもなかったけれど、誰でもいいから自分の仕事の出来を良く評価してもらいたいという下心を持って快活に語り掛ける。
「ふむ……。当時のことを他者の視点から顧みるとは、存外面白いものですね」
人当たりの良い、と表現するのがとても良く似合う壮年の紳士。
彼はヴァルバス氏の幼少期に、彼の所属していた教室の副担任をしていた人物だ。
フレードル・ノベタンスキ。
かの有名なV教授の腹心とまで呼ばれ、ヴァルバス氏とも未だに懇意にされているらしい。
彼自身も呪文学の権威であり、リャンメ式ジャント変身魔法薬や、数々の画期的な魔道具を発明した歴史的発明家でもある。
因みにこの取材でも用いている「音声自動筆記魔道具『オーデテキスタ』」を開発したのも彼だ。
彼について詳しくは知らないが長命種なのだろうか。
当時の風貌を描いた文章も編集したが、その印象そのままの姿だ。流石に髪は完全に真っ白に染まっていたが。
「いやあ。これを纏めて本として体裁を持たせるのには苦労しましたよ。
今回数人ほどにお話を伺ったんですがね?まあ片やよくある粗暴な冒険者気質で、酒を飲んで気分よく話すことしかしないもんだから、実際は大変支離滅裂な内容で……。
かと思えば馬鹿丁寧に書きすぎて、それを床に置いたらそのまま椅子に出来るんじゃないかってくらいの紙束を渡してきたり……。
まあありがたい話なんですがねえ。内容を吟味して編集する立場からするととてもとても……。
しかも内容の多くに懺悔染みた自分の話が多くって……まあそれはそれで面白いかと、ある程度採用はしましたがね。
いやあ。とにかく氏は主張が少ないお人のようで。特に幼少期なんてまあエピソードの少ないこと……!」
フレードルの温和な風貌に押されてか、当時の私は酒に酔ったように口が回っていた。
*
その日はお忙しいノベタンスキ氏にやっとアポイントが取れたと舞い上がっていた。
原稿自体は殆ど完成しているが、せっかくお話を伺えるならと、原稿を読んでもらって彼にも何かコメントを貰って帰ろう程度のつもりでいた。
彼の権威に緊張はすれど、ある程度軽い気持ちで挑んだ仕事だった。
案の定かなり忙しくしているようで、学園にある彼の研究室で、なにやら作業しながら原稿を読んでもらった。
時折様子がおかしく思う場面もあったが、気分が良かったのもあって「まあ当時を思い出してなにやら楽しんでくれているのだろう」とあまり気に留めていなかった。
「それで、改めて説明いたしますと、この原稿を読まれて何かコメントがあれば軽く頂戴したいなといった話でして。
ヴァルバス氏にも既に別の編集者がコメントを貰いに行っている所で、まあそれを含め、コメント自体は実際書籍化される時に必ず採用されますって話ではないので、大変恐縮なのですが……」
今回の取材の意図ははじめに伝えてあったが、原稿を読む時間を挟んだのもあって再度フレードルに伝えることにした。
「ほう。彼が何を話すのか気になりますねえ。
直接聞くと絶対教えてくれないと思うので、後でその内容をこっそり送ってもらってもいいですかね?」
人差し指を口元に置き悪戯っぽく笑みを浮かべる姿は、見た目の年齢としては不格好に移りそうなものなのに、全く不自然な感じがせずにむしろ愛嬌があった。
顔が良いと、いくつになっても得なものだな。
「ええ。構いませんよ。もちろん、他に流出させないで欲しいということだけはお願いしたいですが……」
その好印象を塗り付けてくる一挙一動に抗えず安請け合いをしてしまう。
まあ、別にいいだろう。
ヴァルバス氏も本になる前提でコメントをするはずなのだから。
「それはよかった!ええもちろん。職業柄ある程度守秘義務には慣れていますのでご心配なく……。
それにしても、コメントですか……。
うむ。この原稿の内容当時、私はまだあまり彼と関りを持っていなかったものだから……」
そういえばそうだった気もする。
当時の副担任で未だに交流があるからと失念していた。
ならもう少し後の話の原稿が出来上がってから訊ねた方が良かったか。
「それと……まあこの二人がメインで語っているなら仕方ないのですけれど、だいぶ話の根幹が語られていませんねえ。
まあ、ヴァンダルムくんが話のメインだったら、こうなっても別に構わないのか」
「……?根幹?とおっしゃいますと?」
一記者としては聞き捨てならないセリフである。
氏の英雄譚としては使えない内容かもしれないが、根掘り葉掘りが記者の本分だろう。
「あー……うん。せっかくだからお話しましょうか。
私とヴァンダルムくんとが仲良くなったきっかけのお話でもありますからね。
この狼とはいったい何だったのか。
ヴァンダルムくんはなぜ私に掴みかかってきたのか。そして、彼は一体何を知ったのか。
わからないこと、理解できないこと、出来ないことを教えてあげるのが先生ですからね」
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