第38話 見た目が良いと得をする
私、シェリル・アンドレアは無力な子供でしかなかった。
目の前で繰り広げられる惨状。
私が見たくなかったものは、きっとこれだったんだ。
どうして必死になってお姉さんぶって、ヴァンダルム君に頼ろうとしなかったのか。
それは彼がこんな恐ろしい風貌に変わってしまうほど、優しい少年が戦場に立つことを、心の奥で認めたくなかったのだ。
彼はどこまでも自分を見せない。
いつでも冷静で、無表情で、子供らしくないとさえ思える。
けど、彼があの日見せた素の表情。
私の我儘に応えて見せてくれた彼の「本当」。
その後訓練用人形を壊してしまって「どうしよう……」と困っている姿。
その姿を私は壊したくなかった。
それも私の我儘なのだろう。
内側から見えた気がした、彼の素朴な素顔をそのままにいて欲しいなんて。
狼と対峙するために剝き出しにした「本当」。
腕はひしゃげ、残されたもう片方もきっとうまく動かないのだろう。
不自然な方向に曲がった小指ごと震わせて、それでも懸命に手を挙げて狼と対峙しようとする。
胸まで上がらない腕。
いつ何をしてくるかわからない狼への恐怖。
目の前の光景は、この先の彼の人生を暗示しているかのように目まぐるしく回る。
少年は今戦場に立っている。
一体どうしてこうなってしまったのかわからないうちに。
ページをめくった先に別の物語が描かれていたかのように、一瞬にして世界は狂ってしまった。
その事実に気が付いてしまった後、私はただそれを眺めているだけしかできない現状に、吐き気を催した時のように血の気が引いていた。
そんな罪悪感などなんの免罪符になろうか。
狼は今や今やと少年を殺そうと地を駆け回っているのに。
今も必死になって前へ前へと手を伸ばし、魔法を組み立てようとして失敗する。
こんなことは魔力操作の未熟な幼少期ですら起こらなかった。
「どうして!!!どうして!!!!」
叫ぶ声はただただ頭の中を流れる言葉の羅列。
その時の私にはまともに考える余裕もなく、「彼を助けなければ!助けたいのに!」と焦ることしかできなかった。
狼は更に速度を上げて回る。
私にはその理由がわからなかったが、何か恐ろしいことを起こそうとしているのだけは肌で感じた。
いつの間にかティムさんが狼の起こす円のすぐそばまで来ていた。
円は狼の残像を増やし、そろそろ線がつながると錯覚する程に目まぐるしく回っている。
この円はとてもじゃないが気軽に触れていいものではない。
それはティムさんも感じるところだったのか、円の直前で足を止める。
魔法が放たれる。
急を要すると威力が少ない無詠唱の氷柱。
それが狼に触れたのかすらわからないまま、円の周りに付随する火花のような電撃に割られ、巻き起こる風塵で粉々になる。
何度も何度も叩きつける。
けれど先ほどの私が感じ、無茶をした時のように、圧倒的に威力が足りない様子だった。
狼の纏う雷も、巻き起こる風すら抜くことができない。
その間もどんどん円は回転を速めている。
ティムさんは最早投げやりになったように不格好な構えからナイフを投げる。
「やめろ……!やめてくれ……!!!止まって……!!!止まってくれよ……!!!」
悲痛な叫びをあげながら二本目のナイフを構えて、しかしそれは力が抜けたように崩れ落ちたティムさんの手からからからと落ちていった。
「ロックブラストオオオオオッ!!!!!!!!!」
後方から魔法を放つ声がする。
岩を破裂させて散弾状にぶつける魔法は、残念ながら円の先まで届かない。
振り返るとそこには模擬戦の時にお世話になった女の先生と、その後ろから肩に付いた獣の革が印象的な、山賊のような防具を付けた男の冒険者がいた。
「素晴らしい……!!私はこれほどのものに……!!!」
女の先生はあまりの光景に錯乱してしまったのか、立ち尽くして呆然と何かを呟いている。
顔が引きつってしまって、まるで笑みを浮かべたようになっている。
この様子では助けにはならないだろうが、無理もないと思う。
冒険者は何度か同じ魔法を繰り返し放つと、目を見開いて倒れてしまっていたギルベルトさんに声をかける。
「ギル坊!!!生きてるか!!!!?」
「モロ兄ぃ!!?生きてる!!!それよりもヴァンダルムを助けてやって!!!」
ギルベルトさんの知り合いらしい冒険者は、彼の無事を確認すると即座に次の攻撃に移る。
「ロックロックロック!!!!激しく!!!もっとデカくだァ!!!!」
腰に付けていたモーニングスターをぐるぐると振り回すと、その先端に辺りから岩の破片や砂利のようなものが集まる。
鎖でつながれた先端のスパイクは、どんどんその形を大きく変え、しまいには大熊が丸まったのかと感じるほどの大きさまで増大した。
「喰らいやがれえええええ!!!!!!!!!!」
思い切り柄を振り下ろし、それにゆっくりと付いて行くようにスパイクがまっすぐ円に向かう。距離が離れている分は、柄ごと投げつける要領で稼ぐ。
一つしかない武器を手放しての、恐らく咄嗟に行える最大限の力業。
ヴァンダルム君を巻き込まない範囲で、円に集中的に力が向かうような、そんなギリギリの大きさ。
「くそったれえええええええええ!!!!!!!!」
これならあるいは……!と希望を持った私だったが、スパイクは見事に砕け散る。
先程の氷柱とは違い、円で一度跳ねて見せたが、その後は同じだ。雷に砕かれ、風塵に粉々にされる。
「とにかくぶつけんぞ!!!お前ら!!!早く!!!!なんでもいい!!!ガキが中にいるんだ!!!!」
モロ兄と呼ばれた冒険者は、失敗を嘆く叫びをあげるよりも前に駆け出していた。
後ろに声をかけると、その木々の奥から息も絶え絶えになって冒険者たちが到着し始める。
「マジかよ!!!アレに!!!?なんかわかんねーけどありゃヤッバイだろ!!!」
「言ってる場合か!!!持ってるもん全部投げつけてでも止めろ!!!そんで走って助けに行くんだよ!!!」
「真反対から急いできたのにまだダッシュかよ!って言ってる場合じゃねええええ!!!」
いかにも荒くれ者といった新手の三人の男性冒険者は、腰に提げた剣から、肩に付けた防具から、何も無くなればその辺の石ころを投げたりしながら突撃する。
一人は魔法も放っていたが、途中から周りにつられるように石を拾って投げはじめた。
「おおおおお!!!!!!!体使ってこじ開けんぞおおおお!!!!!!」
モロ兄はまだ遠い。
そして円の回転はその速度を極限まで高めたのか、一つの線になった。
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