第33話 演習3
ゴブリンとの戦闘は想定通りの展開で進んだ。
「前衛左右展開!後衛は援護用に魔法準備状態で待機!中衛は敵がすり抜けてくるのを警戒!」
シェリルの的確な指示が飛ぶ。
完璧と言える指示なのかはわからない。けれど今の彼女の指示は迷いなく端的だ。それは少なくとも模擬戦の時にはできなかったことだった。
正直三体の緑ゴブリン程度、今の俺なら一人でも狩れる。しかしそれでは意味がない。
模擬戦での悔しさ、これを払拭するため。そしてこの演習で求められているものはなにか。
魔術師は古来より一人で戦闘をするものではなかった。
「呪文」という切り離せない隙が生まれる「魔法」という武器。
今でこそ技術が発達して単独での高速戦闘も可能となったが、威力のある魔法を使おうと思えば今でも呪文や儀式といったプロセスが必要になる。
強い魔法が使えても、それを戦闘中に使うのがどれほど困難か。
そして上手く戦闘に魔法を組み込むためにはどのように工夫すればいいのか。
恐らく今回の演習、ないしそれの準備期間である模擬戦で生徒に自覚させたかったのはそういったことだろう。
だから俺は弱い魔物に得意になって適当に蹴散らしてはいけないのだ。重要なのは「味方と連携を取る」ことに慣れること。
多分この演習自体はそれほど重要じゃない。重要だったのは模擬戦の方だ。
この演習で学園側が見たかったのは、模擬戦で叩きのめされてどれだけのことに気付けたか。その確認のための演習でしかないのだ。
要するにこれは試験。
「魔法を戦闘に活かすために必要なもの」を自分なりに見つけられたかどうか。
特に重要なのは「呪文を唱えている間にカバーしてくれる仲間との連携」という昔ながらの方法。それにどれだけ真摯に向き合えるかということ。
小難しく言葉を並べたが、要は「魔法使いは一人じゃ限界があるので、仲間を大切にしましょう」という教訓のようなものに自分で気が付けるかのテストだったのだ。
慣れない環境で仲間たちと上手く相談しながら目的を達成する。
これが野外演習の意味。ならば多少戦闘に慣れているからって調子に乗って暴れてはいけない。
そして各々は自分の課題を知り、少しかもしれないがそれぞれ成長を見せている。
もしかしたらこの野外演習は終わる前にして、すでに「成功した」といって差し支えないのかもしれない。
ボズマーは模擬戦の時の大盾と比べればかなり小さな丸盾でゴブリンの石斧の軌道を逸らす。
小さな盾は取り回しがしやすく、受け流すような動きが自然とできていた。
俺は上段から投げつけるような動きで突き出してくる槍を双剣で抑え込み、そのまま地面へ突っ込ませた。
水辺が近いせいか地面にはゴロゴロとした石が多くある。
ぼろくなった槍先は地面に突き刺さったりはしない。けれどがりがりと地面に槍を擦らせたゴブリンはそのままバランスを大きく崩した。
「火球ですわ!」
そこにすかさずヴィクトリアの火球が飛んでくる。
俺は体を軽く逸らす。その必要も感じないほどのコントロール。その火球は俺に火の粉すら掠らせずにゴブリンを焦がしていく。
「gyぎゃぎゃgy!!!!!!!!!!」
耳障りなゴブリンの悲鳴が炎から響く。
慌てて暴れているが、きっとそのまま放置しても死にゆくだけだろう。
それでも俺はその不快な音をかき消すように右手に握った剣を振りぬき、ゴブリンの首を落とした。
それとほぼ同時に、ヴァンダルムが焼いたゴブリンの首をボズマーが落とす。
残るはナイフを持ったゴブリンのみ。
流石の緑ゴブリンも一瞬で仲間がやられたことに動揺したのか、全力で突撃してきた足を止めた。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!!!ぎゃあああああああああ!!!!」
それはどんな感情だったのか。今日一番汚らしく感じる大声を上げると、すぐさま振り返って逃げ出すゴブリン。
しかしそのゴブリンが生き残っていたのは単に「一番遠くから走ってきたから」という理由でしかなかった。
前衛は手出しを自重して成り行きを見守る。
前衛を追い抜いたメアリーは、大剣をビリヤードのキューのように構える。そのまま残ったゴブリンの背骨をなぞるように突き刺した。
背中から腹にかけて剣を貫かれ、ゴブリンの異様に膨らんだ腹は更につっぱっている。
メアリーはゴブリンの肩に足をかけると、死骸を地面に叩き落とすように剣を抜く。
どろっとした体液がごぽごぽと新しくできた穴や口から零れでる。ゴブリン種特有の不潔さからくる醜悪な臭いがあたりに漂い、メアリーは眉を顰め、普段なら見せないような不快げな表情をする。
「状況終了……ですかね?」
どこか不安そうな顔を段々笑みに変えていくシェリル。
初めて自分の役割である指示出しをやりとげ、上手く戦闘を終えられたことに安堵を覚えているのだろう。
その顔を見て「当然の結果だ」と冷静にいようとしていた俺もつられてうれしくなってしまう。
「よっし!じゃあラストスパート!頑張っていこう…ぜ!!?」
俺が気合を入れなおそうと声をかけると異変に気付く。
木の陰から新たなゴブリンが二体。
「あー……さっきの断末魔……仲間を呼ぶ感じの……」
ヴァンダルムが独り言のように警告を発してくれる。そうか……!そんな生態があったのか……!知らなかった……。
「すいません……!!!私の調査不足です……!!」
「いや……こんな生態があるなんて私も知らなかった……!」
「二体しかいない!焦らず対処すれば大丈夫!」
フォローするようにボズマーも俺も口を挟むが、早口になっていて驚きと焦りが隠しきれなかった。
ヴァンダルムはそんな俺達を見て少しだけ目を大きく見開いていた。
きっと彼のいる辺境伯領ではありふれた知識だったのだろう。
「そんなことも知らなかったのか」言われた気がして、そんな暇もないのに罪悪感に苛まれる。
「とりあえず……まだ増えるかもだし……ぱっぱと片付けた方が……」
その通りだ……!ヴァンダルムの言葉に冷や水を掛けられたように姿勢が伸びる。
「全員戦闘態勢!早く倒して安全確保を急ごう!」
ボズマーもその言葉で切り替えたように指示を飛ばす。全員が構えを新たにゴブリンへ視線を向ける。
二体の新手が来ていた他にも別の木陰から別のゴブリンが三体ほど見えた。まずいまずいまずい。だがまだ大丈夫だ。これ以上来る前に終わらせなければ。
*
「誰かいるか!!!!?にげろにげろにげろ!!!!!!!」
後方から大人の男の声がする。
集中を前方に向けていた俺は、前に対する警戒を解かないように気を付けながら振り返ろうとする。
それが良くなかった、と言えばいいのか。『運命を左右した』と言ったところか。
かくんと膝から力が抜け、視界が白く燃え上がる。
木漏れ日が急激に光度を上げたかのような景色の変化に、呑気に首を傾げそうになる。
――――――その後の記憶は残っていない。
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