第31話 演習1
裏森の入り口近く、AB両クラスの生徒は既に全員集まっていた。
木々の隙間から抜けてくる風を受け、思ったより強い風が俺の髪をぱたぱたと靡かせる。
思わず目を細めながら逸らすと、ボズマー達が先についているのが視界に入った。俺が一番最後に着いたようで、少し駆け足気味に合流する。
入り口と言っても、王都を抜けてそのまま正面に見える開けた道を便宜上そう呼んでいるだけだ。
実際は木々がそう密集しているわけでもないし、どこから入ったってかまわない。近所の子どもはここから右手百メートルと少し離れた獣道から入ることが多い。その方が遊び場でもある湖に近いのだ。
左手をしばらく進むと、今度は魔道列車のレールが見える。裏森が比較的安全だと言われているのはこのレールが理由だ。
魔道列車は文字通り魔法で動く。そして道すがら飛び出してくる獣やら盗賊やら魔物も、魔法や、魔法で強化された車体で蹴散らしていく。
その動力源である魔力は、もちろん車内にいる人間からも供給できるが、基本はレールから供給されている。レール自体が精密な魔道具というわけだ。
なのでこのレールが荒らされるとそもそも運行が成り立たない。盗賊も留意すべきだが、開通当初一番多かったのは魔物による被害だった。
そもそも盗賊がこのレールを盗んだところで売り場所に困るのだ。明らかに魔道列車のものと、一目見たら子供でも気が付く。
いくら裏ルートで捌こうとしても、明らかに面倒ごとになるレールなんて買い手がつかない。
この国に生きていて魔道列車の恩恵を受けていないものなどほぼいない。
その運行を妨害したなんて思われたらどんな恨みを買うかわかったものじゃない。そのリスクが、レールを売った程度の金額じゃ割に合わないのだ。
そしてただの獣じゃ、頑丈なレールはそこまで被害を受けない。獣も「ここをうろついたらデカい列車にぶっ飛ばされる」と学習して近づかない。
自然と被害をもたらすのは魔物だけになるわけだ。
話が長くなったが、この魔物被害に対応するために、レールには「魔物除け」の細工が施されている。だからこのレールが敷いてある付近は魔物が住み着きづらいのだ。
細かい説明は省くが、この「魔物除け」はどんな魔物にも効くものではない。
だが「食料となる魔物」が数を減らしたことにより、自然とそれを食べて生きる「強い魔物」も数を減らしたのだ。
これは実は予定外のことだったが、喜ばしい副次効果だった。
『子供の遊び場』にもなる近所の森。王都に住む人々の裏森に対する認識はこんなものだ。
線路は森を突っ切っている。だけど森全体として見たら浅い部分を掠めているだけだ。
これは生態系を崩しすぎた後の影響を考えてのことだが、その結果当然森の中心部から線路の反対側には魔物が未だに棲みついている。
『子供の遊び場』は中心部から線路まで、王都の子供がよく親から言われるのは「遊んでいいのは湖まで」。合言葉のようにその意識はここらの子供たちに染みついている。
そんな裏森の入り口に、今日は十数人の屈強な大人とシェロン学園の一年生ががやがやと人数に見合った雑踏を奏でながら集まっていた。
ここがこれほど騒がしいのは見たことがない。
「総員!傾注!!!」
仰々しい軍隊式の号令。実際に他国の元軍人であるベン・ドルーグ先生が生徒たちの前で後ろ手を組み、綺麗な「休め」の姿勢を取っている。
対する生徒達は自主的にグループごとに分かれ、集合時間には既に程よく整列されたように集まっていた。
俺達も集団の前の方に位置取り、その仰々しさに違和感を抱くこともなく、号令に合わせてベン先生に注目する。
ベン先生は主に魔法戦闘実技を担当しており、一年次には彼の授業を受けることが少ない。しかしほんの数回彼の指導を受けただけでも、この仰々しい号令が彼の自然体であると認識させられている。つまりベン先生はキャラが濃い。
「本日は予告通り、この森で野外演習を行う!今回の総括はマリアンヌ・ヴェルドゥーラ先生が担当する!
これより!総括のマリアンヌ先生から演習の簡単な説明等のお話がある!総員!そのまま待機姿勢で傾注を崩さぬように!
……では、マリアンヌ先生。よろしくお願いいたします」
ベン先生はそのまますっと一歩下がって、後ろの派手なドレスで着飾った―――明らかにTPOにそぐわない恰好をした、エリザベス先生に引き継ぐ。
演習の詳しい説明は当然今日までに全員しっかり受けている。今日行う説明など形式的なものだろうが、みんな真面目なのか「もう聞いてるよ……」みたいにダレてしまう生徒は見当たらない。
「オーホッホッホ!!!ご紹介にあずかりました、マリアンヌ・ヴェルドゥーラ侯爵令嬢ですわ!!!!」
時刻は朝九時前である。大人数が集まった喧噪は既に静まりかえり、森のさざめきが朝露を揺らす、そんな静寂を感じる情景に成人女性の異様なハイテンションの高笑いが響き渡る。
もこもこと先端にファー、そしてきらきらと表面にはラメ。
そんなド派手な扇子を顔のそばで「ばちん」と弾くように閉じながら、なにがそんなに愉快なのかと問いたくなるような上機嫌だ。
派手扇子をいつの間にか真後ろに控えていた真っ黒な執事の青年に預ける。
一体何のためにその扇子を持っていたのだろう。
腰まで伸ばしているたくさん並んだ丸太のような縦ロールを、「ぶおん!!!!」という幻聴が聞こえるほどの勢いで手で払う。
マリアンヌ先生はその一連の動作をあくまで令嬢らしく緩慢な―――優雅な動作で行うと、それで満足したのかハイテンションを維持したままで説明を始めた。
「
狐の姿をした『おっぽっぽ丸』ちゃんから、木札を受け取ってそれを持ち帰るのが目的となりますわ!!!」
既に視覚情報が渋滞を起こしているのに、耳まで汚染し続けるのはやめて欲しい。
なんだって?『おっぽっぽ丸』?それを名前と定義するのは人として許される行いなのか?
ドレスからとてててと狐のような召喚獣が現れ、そのままマリアンヌ先生の肩に留まる。
飾りが過剰華美なため全くどこに潜んでいたのかわからなかった。
狐には目印のように背中に赤い模様がある。尻尾も特徴的で、狐にしては太く、ふわふわとしている。まるで先程の派手扇子のファーのようだ。
恐らくこの狐が『おっぽっぽ丸』なのだろう。
利口な狐は生徒に見本を見せるようにマリアンヌの首筋から取り出した木札を掲げた。なぜ首筋から出てくる。小道具を仕込むのが好きなのだろうか。
「コースは事前通知もあったと思うので今から改めて説明は致しませんわ!事前説明からの変更点は一つ!今日はコースの所々に教員や冒険者の方々を配置しておりますわ!
事前調査の結果では何もなかったとの判断でしたので、過剰に不安に思う必要はございませんわ!
が!!!最近この森でなにやら不穏な気配があったとの報告も上がっていましたので、これは所謂『念のため』ってやつですわー!!!!
トラブル等での途中リタイア、並びに自分達では対処困難なトラブルが起こった際には、必ず待機している大人たちを頼ること!ですわー!!!
『評価を落とされるかも』なんて思って、報告を躊躇することはおススメできませんわー!!!ちょっと相談したくらいじゃ減点対象にはなりませんわ!むしろ、的確にトラブルを対処できたとして加点対象になることだってありますわー!!!
なので、なにか問題が起きたり、少しでも異変を感じたら、すぐに大人を頼ってくださいですわー!!!」
いちいち「ですわ」をつけるので、いまいち話のテンポが悪いように感じる。
マリアンヌ先生は何を思ったか、後ろで控えていた執事の青年の肩に担がれる。
カチッとハマったようにしっかりとお尻が肩にフィットしているが、その自然なフォルムは俺の常識の中では著しく不自然だった。
「では!私はひとまず先に目標地点に向かい、準備をしてきますわ!
みなさまはこれより十五分後に、予定されていた順番通りに順次スタートしてくださいですわ!それまでは作戦会議なりお茶を嗜むなり、好きにするといいですわー!!!」
そういうとマリアンヌ先生は担がれたまま森へと消えた。ですわ口調で誤魔化し切れていない口調の粗さに気を取られながら、俺達はそれを呆然と見送った。
「なんだか……嵐のような……方だったね……!」
ボズマーがフォローのような寸感を落とす。
ひとまず何かアレに言及しなければ気持ちが切り替わっていかなかったのだろうと察して、その感覚に対する共感をこめて俺も頷きを返した。
仲間のほとんど全員がそうして頷いていると、一部様子が違うことに気が付く。
シェリルはなんだか苦い笑みを浮かべている。メアリーはあっはっはと笑いながら頷いている。
ヴィクトリアは両手で顔を覆い、猫背に見えるほど俯いている。
「ヴィクトリア……?」
どうした?といった声色でボズマーが名前を呼ぶ。ヴィクトリアがこちらに目を向ける様子は一切ない。
ただし「ぐ……っ」と呻くような声が溢れると、彼女は吐き出すように返答を絞り出した。
「……姉……ですの……」
ヴィクトリア・ヴェルドゥーラ。彼女のフルネームを、皆一斉に思い出したのだろう。
一様に沈痛な面持ちを浮かび上がらせ、ただひたすらに同情の眼差しを多感な同世代の少女に向けた。
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