第29話 ウラモリ2

「はっはっはっは!!!!大袈裟だなあフランちゃん!!!」


 豪快に笑うゲント兄ちゃんを見た時は、思わず膝から崩れ落ちるかと思った。


 勘弁してほしい。医務室の扉を開けた瞬間なんて口があんぐり開いて、今にも泣きそうな気分だったぞ。


「ゲントさん……!そんなこと言ったって!大怪我なのは本当じゃないですか……!!!」


 ひとまず命に別状はないと胸を撫でおろしたが、どうやらからかわれたとかそういう話ではないらしい。


 一見どこも悪そうには見えないほど豪快に笑っているが、再度不安は膨れ上がっていく。


「ゲント兄ちゃん。本当に大丈夫なの?フランさんの様子を見るに、結構深刻な怪我だったのは間違いないみたいだけど……?」


 フランさんはふわふわとした見た目や可愛らしい声色をしていて、中身はかなり真面目でしっかり者だ。

 彼女がここまで焦った姿は、それこそ冒険者パーティが半壊して緊急に救助部隊を要請していた時に一度見たくらいだった。


「あー……。まあ、今は何ともない。多分まだいくらか骨はくっついていないが、別に腕が取れたとか、二度と歩けないとか、そういったこともないさ。

 ただまあ……医者の言うことにゃ、昨日の大怪我で今日ここまでぴんぴんしているのは『理不尽の極みだ』って感じらしい」


 照れているのか申し訳なく思っているのか、頭を掻きながら言いづらそうにしている。


 医者が暗に「お前の回復力はおかしい」と言っていたことに対してか、もしくはへまをして大怪我をしたことが、弟分には見られたくない姿だったのだろう。


「ちょっとまってよ!ゲント兄ちゃんってBランクでしょ!?まともに怪我したところすらみたことないのに!!兄ちゃんがそんな大怪我を負うって、一体どんな依頼を受けたのさ!!?」


「いいえ。ギル君。ゲントさんはこの間Aランクに昇格しました」


「え……!そうなの……!?おめでとう!!!!」


 真面目に俺の勘違いを訂正してくるフランさんの言葉に、反射的にいつもの感じで反応を返してしまう。


「じゃなくて!!!尚更ヤバい依頼だったってことになるじゃないか!!!」


 フランさんも神妙に頷きを返す。どうやら「Aランク冒険者」が大怪我をする程の大事件、その点を強調するように彼女は話を繋げたかったようだ。



 「魔物と戦うことの多い冒険者の仕事は怪我も危険もいつも隣り合わせである」それは正しくも間違いでもある。


 確かに危険な仕事なことを否定はできない。しかしだからこそ厳しいランク分けを行い、身の丈に合う仕事しか受注できないように厳密に定められている。


 冒険者用の受付窓口が強面や実力ある元冒険者の職員しかいないのも、その「実力主義」に関係のあることだ。


 冒険者は良くも悪くも血の気が多く、見栄を張ったり舐められないように威圧的にしている人が多い。細かい話は今は省くが、これは性格的なことというわけではなく、その方が有利に仕事を行えるという事情があった。


 必ずしもそれが意味のあることとは限らないが(本当にイキっているだけみたいなやつもいる)、半端な職員では舐められたことを言われた挙句に恫喝されたりする。


 要は「俺は自分のランクに納得していない。もっと割のいい、手ごわい依頼を寄越せ」と恐喝まがいに絡んでくるのだ。


 当然そんな話を通してはいけない。冒険者のランクとは、高ランクになればそれだけ胸を張っていい、確かなものなのだ。


 依頼は難易度を厳密に調査し、ランクごとどころか、パーティ編成や得意分野、過去の実績まで考慮して配布されることがある。もちろんそこまでの依頼は高ランクのものに限った話(手間とリスクとリターンを考慮して釣り合いの取れる依頼のみ詳細調査等が行われる)だが、低ランク用の依頼だってかなり細かく分類され、達成困難であると判断されれば当然受注は出来ない。


 この分類は未だに年ごとに内容の更新を続けている。そのお陰で毎年「身の丈に合わない依頼を受けることによる事故」は減少傾向にある。


 これほど慎重なのはこの国に限った話かもしれないが、それだけこの国は冒険者を貴重な人材だと考えていることに他ならない。


 まかり間違ってもAランク冒険者が「足が動かなくなるなんてことはない」なんて、そんな杞憂を掃うようなセリフを吐かなくてはいけないほどの大怪我、本来なら記事になってもおかしくないほどの大事件なのだ。


* 


「いったい、どうしたらそんな大怪我をするのさ!?」


「んー……」


 驚愕と心配でどんどん大きくなっていく俺の喚き声に、反比例するようにゲント兄ちゃんの声は小さくなっていき、なにやら言いづらそうにしている。


「いや……言えないって話じゃないんだ。ただまあ……正確には依頼とか戦闘で怪我したってわけでもなくてだな……。裏森の調査依頼があったのは覚えてるか?」


 訝し気に見ていた俺の視線に晒されて、ようやくゲント兄ちゃんは話をし始めた。


 俺自身、裏森には演習で向かうことになるから当然調査の話は覚えているし、その後「問題なし」と調査結果が出たことまでしっかり情報を追っていた。

 だから「なぜ今更その話なんだ?」と更に不審を眼差しで送りながらも、ひとまず話を促そうと黙ってうなずく。


「あー……。お前のことだから、きっとその後に『異常なし』って結果が出たのも聞いてるだろうな。

 ただまあ、あくまでなんとなくなんだが、漠然とこう……違和感というか、不安があってだな?

 俺もその調査には参加して『何もなかった』と結論は同じだったんだが、どうもその後も気になってしまって。……まあ、最近までは『気のせいだろう』と気にも留めないようにしていたんだが……。

 それで、お前ら今度裏森まで野外演習に行くっていうじゃないか。それを聞いたらなんとなく一度見に行った方がいいんじゃねえかなって、思ってだな……?」


 なるほど。言いづらそうにしていたのは「お前が心配だから再調査しに行ったんだ」という、過保護にも思える行動を知られるのが気恥ずかしかったというわけか。


「それで……裏森に行ってみたと……?」


 俺は嬉しいやら照れ臭いやらで、少し顔を引きつらせながら話の続きを催促する。


「そういうことだ。まあ、思い過ごしって可能性のが高いから、仲間は連れずに一人でな。

 俺は別に勘が鋭いってほどじゃないし、裏森程度ならなにがあっても一人で対処できるだろうと……」


 本人はそう語るが、実際Aランク冒険者にもなった人間の『勘』は馬鹿にできない。俺は怪談話でも聞くかのように恐る恐る耳をそばだてた。


「まあ、当然一人じゃ一日で調べられる範囲も限られてきて、『まあこんなもんか』ってな具合に、本格的に暗くなる前に帰ろうかとしていたんだ。『結局何もなかった。俺の思い過ごしか。よかったよかった』ってな

 したら、何かが吠えるような音を聞いたんだ。『まさか、本当に狼の魔物でも出たのか……?』って。


 反響して音の出どころはわからなかったが、とりあえず俺は目撃証言の出てた水辺のあたりに向かったんだ。

 まあ、その時の俺も、『あれだけ大勢で調査して何も見つからなかったのに、まさか本当にいるわけはないだろう』って気分になっていたから、滝の上あたりまで覗いたらすぐに帰るくらいのつもりでな」


 なんだか本当に怪談じみた語り口になってきて、ほんの少し身震いをしてしまう。

 震えているのをさも頷いているように誤魔化すが、俺の耳はもう、その話から遠ざけることができない。


「滝の上について、下はあとでっかい湖だけだ。それを覗き込んで、『ああ、やっぱり何もなかったじゃないか。馬鹿馬鹿しい。帰ろう帰ろう』って、振り返ったその時……!」


 普段の振舞いからはイメージできないほどに迫真の語りに、思わず生唾を飲み込んだ。


「『ぱちっ』って音が聞こえた。……と思ったら滝の上から真っ逆さまに落ちてた」


「……???」


 ――――――オチは……?

 と思わず言いたくなるようなさっぱりとした結末に、口も目もぽかっと開いた「アホ面」を晒していた。

 フランさんも初めて経緯を聞いたのか、隣で同じように口を開いている気配がする。


「は……?じゃあ、その大怪我は、崖から落ちて、それでって……こと?」


「ああ……!そうなるな……!」


 腕を組んで神妙な顔つきで大真面目な声色での返答だった。内容を考えるとふざけているようにしか感じないし実際に少しちょけていた。


「『そうなるな……!』じゃねえよ!!!人が心配して真面目に話を聞いてみりゃ、ほとんど事故じゃねえか!!!!なあにがAランク冒険者だ!!!」


 ゲント兄ちゃんが寝ているベッドに足をかけ、胸倉をつかみ上げる。

 隣ではフランさんがコミカルに「ぷくっ」と頬を少し膨らませたようにして腕を組んでいる。あざといけれど似合っている。

 いちいちパントマイムをしているかのように俺のリアクションに追従してポーズを取るので、『一体これはなんの時間なんだ……?』といった徒労感が増してくる。


「ゲホッ……!ゲホッゲホ……ッ!」


「おわっ!ごめん……!」


 胸倉をつかんだ勢いで怪我した部位を圧迫してしまったのか、急に苦しそうに咳き込んだのをみて急いで手を放す。

 いくらふざけたことをぬかしていても、大怪我をしたのは本当なのだ。ツッコミの勢いで痛めつけるのは本意ではない。


「ああ゛……いや、怪我した経緯は、まあこんなもんなんだが、話はまだ続きがあるんだよ……。

 ちょっと真面目に話すから勘弁してくれ……」


 やっぱりちょっとふざけていたのか……!!!


 小突きたくなる衝動は『真面目な話』というワードに免じて抑え込む。話次第ではたとえ相手が怪我人でも、一発くらいは許されるだろう。

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