第28話 ウラモリ1

 野外演習本番を翌日に控えた休日、俺はいつものように冒険者ギルドに顔を出していた。


 模擬戦闘でべこべこに凹まされてから二週間、俺達は各々「自分に足りないもの」を得るために必死に動いていた。


 シェリルとヴィクトリアは体力づくりと実践的知識。メアリーは戦闘勘を得るためにひたすら模擬戦闘。

 俺とボズマーはそれらにフォローを入れつつ、「仲間との連携」を念頭に置いた動きを学んでいた。


 ボズマーは実家の伝手で騎士団の訓練を見学。たまに参加もさせてくれるらしく、この短期間でめきめきと新しい技術や学びを吸収していっている。

 一度俺も騎士団にお邪魔させてもらったが、「多人数戦闘」のプロの訓練と比べたら、今まで自慢げにしていた俺達の戦闘能力なんておままごとのように感じた。


 好き勝手動けばよかった一対一の決闘方式は、確かに戦闘勘は磨かれたかもしれない。けれどそれだけだ。


 一人で安定して狩れる魔物のレベルなんて限られる。

 英雄クラスの強者なら、それこそドラゴンだって討伐できるかもしれない。

 だが俺の知る限りではそんな高みにいるのはこのクインクの大地広しといえどV教授くらいだ。


 騎士団の訓練はあくまで対人間を想定した、いわば「戦争用」の技術が主だった。

 しかしそれだけでも味方の呼吸や多人数だからこその戦術、そしてそれらを上手く活かすための技術が数えきれないほど詰まっていることを肌で感じられた。

 俺達は運がいい。これほどの経験を積める環境に居られることが、いったいどれほど恵まれたことか。柄にもなくアデミストゥラに感謝を捧げたくなるほどだ。


 俺がその日冒険者ギルドに顔を出したのも、習慣という側面もあるが、偉大なる冒険者たちにアドバイスをもらうためだった。


 騎士団も対魔物戦闘をすることは多くあるが、やはりその道のプロと言ったら冒険者だろう。

 彼らは大体三人から多くても十数人の少ない人数で、自分の何倍もの大きさの魔物と戦うことだってある。まさに今回の俺達にはうってつけの先生だと言える。


 模擬戦闘直後の休日にも押し掛けたが、残念ながらその日は依頼が立て込んでいたらしい。

 珍しくがらんどうになったギルド酒場には、見知った顔どころか新人パーティが二、三いたくらいだった。


 流石に授業を抜け出した時間に行ったら怒られるだろうし、放課後もなんだかんだと忙しくしていたせいでなかなか時間が取れなかった。

 再度来ることができたのは、結局延びに延びて本番前日になってしまった。それでも一言くらいアドバイスを貰えたら十分だ。なにか一つ得るものがあったならそれが自信につながるはずだ。


 まあ久しぶりにゲント兄ちゃんに会いたかっただけと言ったら何も否定できない。



 ギルドの入り口はスイングドアになっている。

 緊急時騎乗したまま入ったり、大きな獲物を運びやすくするためである。

 また、晴天時には入り口周りの大窓を全開にして、依頼人が入りやすいようにギルド内が外から良く見えるようにしている。


 「冒険者はいかつくて怖い」というイメージがある。


 だから依頼者用窓口は外からちらりと覗けばすぐに見える位置にある。心理的閉塞感を出来る限り減らす空間づくりを意識し、外から中の様子がわかるようにする。

 なんなら中に入らなくてもいいように、ギルド横、裏口へ続く道の壁には、小窓が設置されている。小窓を開くと受付につながっていて、そのままそこで依頼可能だ。

 変な話『いつでも逃げられる』『助けを求められる』といった感じの安心感を与えたいのだ。それほど一般市民から冒険者は恐がられることがある。


 そして依頼者受付は美人だったりさっぱりとした若者や、物腰柔らかな紳士淑女しか選ばれない。ほぼ顔採用である。


 極めつけにエントランスからは見え辛いように酒場兼食堂を作った。

 冒険者用の窓口はこちらにある。要は隔離政策だ。

 強面どものたまり場を用意して平穏に暮らす一般市民に威圧感を与えないために「奥に引っ込んでろ」と、ギルドマスター(このギルドの責任者で元Aランク冒険者で馬鹿みたいに強くて強面)が実際に威圧感のある笑みを浮かべながら言っているのを見たことがある。


 因みにこっちの受付は全員強面、若しくは古強者の元冒険者が務めている。


 そんなイメージ戦略に必死な様が功を奏したのか、今では小窓で依頼する人は殆どいなくなっている。

 忙しい時期のエントランスロビーは、依頼人で宴会が開けそうなほど人が集まるようになった。



 その日はあいにく閑散とまでは言わないにしても、細かな細工を施した床や壁を存分に見て歩けるほどには空いていた。


「あれ……?あいつ……」


 口の中でモグリと声を飲み込む。

 知った顔だったので思わず声を掛けそうになったが、よくよく考えたら声をかけるほどの仲でもない。そんな顔を見つけたせいだ。


 最近よくティムの隣をバートンと一緒にくっついている細長い少年。名前は確か、クリストファーだったか。


 クラスは一緒だが、アイツは(一応は付くものの)貴族で、プライドも高い。

 気軽に声をかけるのも違うだろうと、気が付かないフリを心がける。


「だから!裏森にあるものでなにか……!!!」


 その時、「思わず」といった大声になってクリストファーが受付に詰め寄る。

 愛嬌がある感じの美人で、実は密かにゲント兄ちゃんが狙っている受付のフランさんが、困ったような笑顔を向けながら対応していた。


「……もういい!今日は帰らせてもらう……!」


 思ったより大きな自分の声に驚いたのか、フランさんの「まあ、抑えてください」といったように両手を振る仕草に気が付いたのか。

 急に何かに怯えたようにあたりを見渡すと、クリストファーは踵を返して早足でギルドを後にした。


「なんだったんだ……?」


 訝しく思いこそしたが、別に休日に何をしていようとあいつの勝手だろう。


 そんなことよりも絡まれたように見えたフランさんに「大丈夫でしたか?」くらいは声を掛けよう。ゲント兄ちゃんの弟分として少しは印象を上げといてやらなきゃな。


 そんな下心満載の気分が半分と、残る本当に気遣う気持ちと少しの興味を持って、いつもは用のない依頼人受付に近付いていく。


「フラ……」


「あ!ギル君!!!大変なの!!!ちょっと来て!!!!」


 遮るように逆にフランさんから声を掛けられる。下心もあって、必要以上に驚いて体を震わせてしまう。


 多めの瞬きをした後に少し冷静になって、俺の身長からでは少し高い位置にあるフランさんの顔を覗き込むと、彼女の想像以上に「切羽詰まった」といった表情に気が付く。


「……どうしたんすか!?」


「いいからついてきて!!君ゲントさんと仲が良かったでしょう?!」


 フランさんはカウンターを乗り越えて俺の手を掴む。

 裏にある出入口から回ってくる時間すら惜しがっているほど焦っている。

 隣にいた同僚に目で会釈をしてから俺を引っ張って駆けだした。


 彼女も元冒険者と聞いていたが、その細い腕からは想像もできない強い力で腕を引かれて、思わず面食らう。


「落ち着いて聞いてね……!ゲントさんがね、依頼中に大怪我したの……!!」


 受付横にある通路、その先にある医務室に向かってることに気が付くまで、俺はその言葉を他人事のようにぼーっと聞き流していた。

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