第25話 バチバチ9

 殺気の籠った刃物。威力を乗せた魔法。離れた場所から見ていた俺達すら身が凍る狂気。


 俺とボズマーは飛び出した。間に合うはずがないとかそんなことは頭にはなくて、ただ目の前で起こる悲劇に抗おうと体が動いていた。メアリーも一瞬遅れて駆けだす。


 広がる光景。視線は悲劇の舞台から一瞬も逸らしていない。その光景を見て、俺は情けなくも、力が抜けて膝から崩れ落ちた。


 ボズマーも脱力してしまったのか、腕をだらんと下げて足を止めてしまう。


「どういうつもりだ…………!!!!!!」


 ヴァンダルムの叫び。滅多に見せない激しい怒り。


 その叫びはからここまで届いた。


「……は……?」


 俺の口から息が漏れるだけの疑問符が零れる。意味もわからず後ろを見る。そこにいたはずのヴァンダルムは当然のようにいなくなっていた。

 恐る恐るといった気分で再度視線を戻す。少しの間開きっぱなしにしただけの口は、既にからっからに渇いていた。


「試合は……勝負は既についていただろう……!!!!」


 やはりそこにはヴァンダルムがいた。投げられたはずの刃物は、彼がしっかり持ち手の部分を握っている。


 いや。いやいやいや。どうなってる?混乱しすぎて良くわからない。


 今の一瞬で、ナイフが少年に届くまでの刹那で、彼はここから数十メートル距離のあるあの舞台に立ち、器用にも飛んでいく刃物の持ち手を掴み、平然と相手に怒りをぶつけている。


 瞬間移動の魔法は構想までで、未だ実用に至った例は聞いていない。


 先ほどゼファーがやってみせた、雷を纏った高速移動を想起させる。しかし先ほど後ろを振り返った時に、火炎のレールなんてなかった。……そもそも、ヴァンダルムがそんな準備をする素振りなんて、そんな時間も余裕もなかった。


 事前の用意もなく、一瞬でこの距離を移動し、投擲されたナイフを掴む。一体どんな魔法を使えばそんなことが可能なのか。



 いや。今はそんなことより、少年が無事だった。その一点がなによりも重要だった。

 崩れ落ちたのは安堵から。驚愕なんてこの際どうでもいい。


 誰よりもそこから早く立ち直ったメアリーが、ぴょんと舞台から飛ぶように動き出す。

 それを見て気を取り戻した男どもも、置いていかれてなるものかとそれに続く。


 近づいて何をするのかと降りてから気が付いたが、とにかくその場でじっとはしていられなかった。


 残った二人の少女は、衝撃からなかなか立ち直れないのか、舞台端でたたらを踏んで俺たち三人を見送った。

 ようやく中央舞台が近くに見える。こちらは地面から高さがあるので近づいたとて、むしろ舞台上の人物の表情を覗くことすら難しくなる。


 ヴァンダルムとティムが何事かを話している。唯一聞こえたのは


「なにをそんなに怖がっているんだ……?」


 というヴァンダルムの一言だけだった。


 それ以降ティムは何も返さず、どのような顔をしていたのかも知らない。

 ただそこには彼の何かしらの葛藤を感じる沈黙が流れた。そしてティムはそのまま何も言わず舞台を降りる。



 とにかく。ひとまず。無事でよかった。そして、最後はああだったが、間違いなくいい試合だった。


 中央舞台に近づいた俺たち三人は、ロクに顔も見られない舞台下にいるのにやきもきして、各々競争するように身体強化して一息に舞台へ飛びあがる。


「大丈夫?怪我は酷くない?ゼファー君」


 そこにはいつもクールな無表情を貫く少年の、心底心配そうな顔があった。気遣わし気な声はびっくりするほどやさしくて、彼の無表情に隠された善良な心をそのまま表しているようだった。


「だいじょうぶ。助けてくれてありがとね。えへへ。頑張ったけどやられちゃった」


 ドワーフの少年の恥ずかしそうに頭を掻く様子に、安心したようにふっと一息吐き出すヴァンダルム。


「そうだ!今日のお礼と、こないだ一緒にお祭りいけなかった、おわび……っていうと変だけど、次は行きたいね!って約束のお守りってことで!はい!」


 弛緩した空気に、嬉しそうな笑顔を並べて。ドワーフの少年は少し照れ臭そうに友人にペンダントを渡した。


「これ、魔力を通して魔術補助にも使えるし、ブレスレットにも出来るアクセサリー!家から見つけてきてお揃いにしたんだ!よかったらつけてよ!」


「おお……。こんな素敵なものを……!ありがとう。大事にする」


 ヴァンダルムもどこか照れ臭いのか、なんだか仰々しい舞台役者染みた物言いでそれを受け取る。


 そこにはただ、二人の少年の友情があった。それを覗き見る形になった俺達は、間違いなくヴァンダルムのことがもっと好きになった。


 人間臭い表情で、友人のために怒って、心配して、笑いあう。


 そこには俺達と同じ等身大の少年の姿があった。

 彼の強大な力と才能を知ってから、少し遠く感じていた。彼は自分たちとは違う、一歩先を行った人間で、いつも冷静で凛として……。「仲良くしたい」と言いながら距離を置くべきと萎縮する時がある、そんな場所に彼を置いていた。


 そんな馬鹿で勝手な思い込みを、今後は絶対に感じたくない。彼を大事な、ただの友人として接したい。


 そんな憧憬にも似た決意を、湧き上がる感傷を、大事にしたい気持ちを抱かせてくれる。そんな一幕だった。

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