第26話 自己弁護が特技です。適当言って煙に巻くのも得意です@ばん

 人間、当時どれほどの自罰的な感情に苛まれたとしても、いつしかある程度は開き直ってしまったりする。


 例えば「純粋な少女の誤解を解かずに、徒に彼女に重荷を背負わせて、くだらない自己愛に言い訳を重ねて未だに何も謝れずにいる」大人。

 そいつももういくつ寝ると「ま、いっか」とまではいかないまでも、「仕方なかった。どうしようもなかった。もう今更どうしようもないしもういいじゃん」くらいには勝手に立ち直っていたりする。一言でいうならクズでいいと思う。


 でもそれこそが人間のよくできた所で。汚泥の溜まった内心に慣れてしまったり、感じている自分の罪を正当化したりよそ見をしたりすることで、自分自身をそれ以上傷つけてしまわないようにする。


 これがうまく作用しない不具合が起きてしまった人が、きっと気鬱の病に悩まされたりするのだろう。


 さて、今の話こそがその「正当化作用(造語)」というものである。


 だってなんか「これは人として正常な反応で悪いことじゃないんだ……」みたいな感じになったろ?「気にしすぎてもよくないよね」みたいに思わなくもないだろ?

 詭弁でもそれっぽく並べてみたら、ちょっと正しいこと言ってる気がしてきて割と誤魔化せたりする的な?一つ勉強になったね。


 

 大人とは卑怯なものだ。一晩寝たら自分自身の卑しさなんて、重ねた薄っぺらい自己弁護の膜に自分で騙されて忘れていくのだ。


 結論としては「わざわざ真相を打ち明けて少女を傷つけることはない」という当時の言い訳をまるっと採用して開き直ることにした。


 この「少女」というのがミソである。なんか「傷付けないよう大事に扱わなきゃ」感が出てとても正論っぽく聞こえる詭弁が完成する。とてもよい。


 なにより彼女も私と似たように、きっとお祭りの共連れが見つからないタイプの人間なのだ。そんな少女には必要以上に優しくしたい。


 もしかしたらこれをきっかけにいい感じの距離感が掴めて、あわよくば仲良くなって、来年のお祭りは「じゃあ三人で行こうか」なんて話になって、そんな感じの悪くない未来が私たちを待っているんじゃないかなって!みたいな!ってね!!


 そんな淡く儚い妄想をどこかから受信しながら、私はその後も貴重な学園生活を浪費していた。まるで自ら何か動くことなんてせずとも、事態はきっと好転するなんて思い込もうとするかのように。


 あれ?なんか前よりも距離が離れてしまってる気がするな?あれ?もしかして嫌われた?引かれた?


 何もしなかった私に待っていたのは、何もしなかった「なり」の日常。


 むしろ日々の授業で彼女が私に絡むことは無くなり、馬鹿真面目で極端な少女は私との関わり全部を控えるようになってしまいました。


 この視線すら外されるほどの距離感は「気を使ってくれた結果」。秘密を守ろうとする子供の、よくある極端な「おもいやり」。多分そういうこと。……うん!たとえそうじゃなくてもそういうことにしておこう。


***

 

 野外演習のグループ分けで彼女と同じ班になるとわかったのは、そろそろ理不尽にも「流石に距離開けすぎじゃない!?もうちょっとなんかない!?」という風に逆ギレするかどうかの瀬戸際で耐えていた時期だった。


 本当はゼファー君と同じ班でのんびりと行きたかったけど、新たな交流というのもそれはそれでわくわくするものである。


 きっと「本当の」子供時代だったら、緊張やら漠然とした恐れが溢れてきていたことだろう。けれど流石に今さら子供相手に緊張したりはしない。寧ろ何故か根拠のないポジティブを受信してしまう。


 要は「友達が増えるかもしれない」からわくわくなのである。



 「喉元過ぎれば」なのか……。今思い返すとなんであんな黒歴史を生み出した後によくそんなポジティブでいられるなと思います。


 なんだか当時、「隠れた天才魔術師」は実は私なのではないかと、ちらちら注目を受けていたことに気分を良くしていたのです。調子に乗っていたのです。私はそういう「有名人扱い」がとても良いものに感じてしまう卑しい人間なのです。


 こうやって振り返る機会を戴くと、自分の嫌いな所ばかり思い出してしまう。かといって当時の思考とその行動を誤魔化すと、また自分の嫌いな場所が増えてしまう。


 自伝を書くなんてロクなもんじゃないな。という本音と、「いい機会だからちゃんと当時を反省せねば……」という建前がぶつかり合ってとっても陰鬱な気分。

 結論としてはやっぱり「この自伝はゴミ」でいいか。



 話がそれてしまった。だけどまあ、特に私から話すことなんてここら辺はないのだ。


 だってグループ会議の時に初めてシェリルさんが全然ぼっちじゃなくて、なんか仲良し三人組みたいな雰囲気を見せつけてきたんだもの。

 「だまされた!」私の心境と言えばしばらくその一言に尽きる。


 いや、全然騙してなんかいないのはわかっている。単純に私が周りの人間関係というか相関図というか、そういうのに対して疎すぎるだけなのだから。

 同じクラスで誰と誰が仲が良くて誰が相性が悪くて――――――とかそういうのって、極限ぼっちマンには砂粒ほどの情報も入ってこない。それだけの話なのである。


 最上級一匹狼ともなれば、たとえ同じ教室で壮絶ないじめが発生していたとしても本気で気が付かない。被害者にも加害者にも傍観者にもなれない。世の中にはいるのである。そんなレベルの人間も。


 私は一方的に彼女をそんな「同系統の人間」だと思い込み、一方的な親近感を覚え、独りよがりな好意とも呼べない愚かな仲間意識を持っていた。

 そんな身勝手な親近感が裏切られたように思えて、一言で言うと私は拗ねていた。ぼっち仲間じゃ……なかった……。


 まあ拗ねようが何しようが、きっと周りに私の態度は「暗い。受動的。何考えてるかわからない」といった「いつもどおり」にしか見えないので……。


 内心でどんな馬鹿みたいな葛藤を抱えていたとしても、特になにがあるというわけでもない。これじゃあただ、私のみっともない感傷をばらしただけである。言わなきゃよかった。



 グループ会議が終わり、次に実技で会議内容のブラッシュアップを行う。

 決闘場に赴き、連携の確認をするそうだ。ぼーっと話を合わせて、ぬぼーっとみんなに付いて行った。


 正直明確に戦闘に行くわけでもないのにそこまでする必要があるのかと思っていた。まあ避難訓練みたいなものと考えるべきか。それか進級後にもっと実践的な演習を行うための予行みたいなものだろう。


 三人娘は仲良く着替えに行くらしい。楽しそうでいいよな。


 そんな嫉妬と羨望といじけた心に体を預けて揺らめいているとゼファー君を発見。私は反射的に駆け寄っていく。


「ゼファー君!君も会議は終わったのかい?」


 ここにいるのだから「会議は終わってる」のは当然なんだけど、話しかけるきっかけを咄嗟に見繕うために適当に口を動かした。


「ヴァンくん!君は大変そうだねえ。一番上のグループで一番危ないコースを回るんだろう?」


 最近「ヴァンくん」と呼んでくれるようになったんですよ。未だに耳慣れないこそばゆさが、どこか心地よく感じて、彼に名前を呼ばれるたびにはにかみそうになる。


 ゼファー君は私が「特に話題はないけど話したい」という状態なのをすぐに見破ったように、私の質問をすっ飛ばして話題を用意してくれる。こういうところが気持ちいいのだ。


「そうだ!君に渡したいものがあったんだ!教室に置いてあるから持ってきて後で渡すね!」


 ころころと笑うゼファー君は本当にかわいい。渡したいものってなんだろう?わくわくしてきてこっちもにやけてしまいそうだ。


「えー!なんだろう……!たのしみだなあ……!」


「じゃあ!君のグループの人も待ってるだろうし、これで失礼するね!

 僕もグループメンバーが来る前に荷物を取ってこないと……!」


「そっか。じゃあ、お互い頑張ろうね!」


 “ぱたぱた”と手を振って駆け足気味に去っていく。彼の小さな体はマスコットのように可愛くて、その動作がとてもよく似合う。


***


 「あら、先生方がわざわざ操作してくださっているのね。なら折角なら並んでみましょうか」


 見事な縦ロールから声が聞こえる。腰まである髪は、全部が全部ボリュームのある巻き髪ではない。少しウェーブは強めだが、私の固定観念にある縦ロールのイメージよりもかなり大人しいように思う。


 そもそも縦ロールにこのような『ですわ口調』の貴族令嬢は「オーホッホッホ!!!」と高笑いをするハイテンションレディと相場は決まっているのだ。そうであって欲しいくらいのものなのだ。つまり私の中で彼女は「特徴的な派手髪の女の子」でしかないのだ。でもヴィクトリアという名前はいいな。なんか勝利に拘ってる感じがしていいな。


 といったようなことをずっと考えていた。そしたらもう一人の派手ヘアスタイルから「集合」の合図。


 完全に出遅れた私は、慌てて女の子の後ろを付いて行く。

 けれどまだどこかぼーっとしていて、全く話は聞いていなかったので覚えていない。「なんか白い人形があるなあ」と眺めていたのは覚えている。

 多分あれが戦闘訓練の相手なのだろうな。この学校ああいう感じのサンドバック好きだよな。なんかもっとバリエーションとかないのかな。



 「左右分かれて移動阻害します!」


 シェリルさんの声にビクッと反応して怒られないように言う通りにする。しまった!魔法で動きを邪魔しないといけないのか!


 慌ててヴィクトリアさんに合わせて適当に魔法を放つ。ぼーっとしていたことがバレたら大変なのでちょっと急ぎ目に放つ。


 魔法は二人とも外れてしまったが、うまいこと剣を持った男の子たちがフォローをしてくれた。


 よかったあ……!流石によそ見をしすぎたことを反省である。でも残念ながらその日の私はびっくりするほどやる気も集中力も続かなかった。


 いつの間にか人形は真っ白な狼に変わっていた。もふもふである。いつこのもふもふに変わったのかは知らないが、次の対戦相手ということだろう。


 大丈夫。ボケっとはしてた。してたけどやることはあんまり変わらない。私がやるのは牽制球。後のことは元気な前の子たちがずばっとやってくれる。

 「それだけ覚えていればいいだろう」と舐めた考えでいて、実際にその通りに毎度おなじみとなった火の玉を投げる。ボール!ま、当たらないよね。


 狼はするすると障害物をよけて進む。火の玉を背に一心不乱に少女に向かっていく様は、なんだか特撮ヒーローみたいでかっこいい。


 あ、まずいか。


 あと少しで少女にがぶりといけそうな勢いで駆けていく狼。

 流石にこのままバイオレンスでショッキングな未来予想図は再現させたくない。ちょっとがぶりといかれるヴィクトリアさんを想像しちゃって気分が悪くなりそうだ。


「スケートリンク」


 なにより「ヴィクトリア」さんには勝利の方が似合いそうだ。私はとにかく前に進みづらい、つるっつるに滑る氷の床をイメージする。呪文とか技名は適当だ。考える時間もなかったしね。


 とりあえずイメージのまま床に手を乗せて、綺麗な氷の絨毯の完成。

 でも獣の身体能力を舐めてはいけない。すこしでもがぶりといかれる可能性を減らそうと、今度は炎のカーテンを広げよう。

 最近何も考えずに魔法を使うと「とりあえず炎!」って感じになる。脳死ファイヤー。なんか頭悪そうだな。まあなんでもいいか。



 上手いことヴィクトリアさんからは隔離できた。

 だけど全く、愚かなことに、狼と私の間にはなんの障害もない。


 どうして閉じ込めるように魔法を使わなかったのか。脳味噌が足りていない私に、当然狼は襲い掛かってくる。

 私が邪魔したと理解しているのか、怒ったような猛スピードだ。


「こw……水流」


 思わず「怖っ!」と呑気に感想を述べそうになって、いやいやそんな場合じゃないとぶわーっと水で押し返す。来んな来んな。リードに繋がれてないデカいイヌ科は流石に怖いって。


 デカいイヌは恨めしそうにつるつる滑りながら睨んでくる。おお……怖ええ……。こっち見んなよお……。


 ビビり散らかしている私は、負け惜しみのように囀った。


「いいの?もう間に合うよ?」


 全力疾走してくるモヒカン少年が横目に見えたのだ。そう。「ひとまかせ」である。


 というかチームメイトも怖い。すごい形相でぎゅるんぎゅるん音を唸らせながら猛スピードでこっちに向かってくる。怖い怖い怖いって!


「ウルゥゥゥゥゥラアアアアアアアア!!!!!!」


 ウオオオオオオオオオこええええええええええええ!!!!!!!!!!!


 「でっかい犬」に対するわかりやすい恐怖。「奇声を上げながら突撃してくるモヒカン」という未知の恐怖。


 二つの恐怖に板挟みにされた私は、むしろ既知の恐怖である分、狼の方向に逃げこみたくなった。


 しかし体は恐怖ですくんでいたので、その間に未知の恐怖が犬を吹き飛ばしていった。ああ……イヌ……なんかごめん……かわいそうに……。


 狼はその後怒ったヴィクトリアさんに串刺しにされていた。気持ちはわからんでもないけどやりすぎじゃないですか……?


 ドン引きで狼と彼女を見比べるようにちらちらと眺めていたら、いつの間にか狼は人形になっていた。


 ああ。あれってリアル狼じゃなくて、人形を狼っぽく変身させていたのね。……よかった……!串刺しになったでっかいイヌなんていなかったんだ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る